障害とゲーム

解離性健忘の非ゲーマーが愛しい二人のゲームオタに想うこと

はじめまして、八壁(やかべ)ゆかりと申します。小説が本業の物書きです。そして、「非ゲーマー」&「ゲーム嫌い」な人間なので、勇気を出しての執筆です。今回の記事は、「非ゲーマー」、「ゲーム苦手」、「ゲーム嫌い」な私と、私をとりまく二人のゲームオタとの人間関係についての記事です。まず初めに私の自己紹介から。

自己紹介:精神障害の見地から

『哀愁のチバラキ』と呼ばれる片田舎で育ち、14歳頃からロック・ミュージック、パンクロックに傾倒。15歳の時に精神疾患を発症、高校二年の授業中、某CMの如く、

「そうだ、ニューヨークに行こう(永住的な意味で)」

という啓示を受け、高校をドロップアウトして英語学校に入学。通信制高校を卒業後、すぐさま単身NYに乗り込んだものの、一年でメンタル面がバグって帰国。入院を経て数年ニートしてたら物好きな男子に出会い、気づいたら上京して結婚していたという、そんな感じです。

「精神疾患って具体的に何なん?」と言われると、病歴も22年超えると病名はもはやデパート状態、もしくはフリマ状態。とにかく色んな診断を下されました。不安障害から始まり、境界性人格障害だと言われたり鬱病だと言われたりパニック障害だと言われたり、まあ自分で鑑みるに、ガチなのは「解離性障害」と「統合失調感情障害」ですかね。

現在具体的に困っている症状は、まず「解離性健忘」、これ酷いです。何でもかんでも、情報の重要度を問わず、忘れます。幼少期・学生時代の記憶はほとんどございません。また、「朝メシ食ったっけ?」とか、「今日何時に起きたっけ?」といった短期の記憶も忘れるので、スマホアプリとブログに備忘録・ライフログを付けています。そうしないと、お昼ご飯を何度も食べてしまったり、薬を何回も飲んでしまったりするからです。

「私は忘れるから、書く。読み直しながら、生きていく」

これが長年のポリシーでございました。他の症状といたしましては、フツーに幻聴幻覚ですね。幻聴とは長年の付き合いですが、幻覚はニューカマーで、「入眠時幻覚」というもので……。

やりこみ系ゲーマーの弟

私には三つ年下の弟がおります。ガチのオタクでやり込み系のゲーマーです。弟と最初にやったゲームはファミコンの「スーパーマリオブラザーズ」。私は下手でしたね。「ヨッシーのたまご」だけは唯一弟に勝てるゲームでした。スーパーファミコンが出てからは「マリオカート」や「ぷよぷよ」シリーズを弟と一緒に遊んでいました。「ぷよぷよ」はかなり好きでしたが、ゲームオタの弟には20回に1回勝てればラッキー、くらいの勝率でした。

姉弟団欒のゲームタイム

我々は非常に仲が良いので、「ぷよぷよ」や「ワリオの森」などをプレイしながら、お互いの近況や将来の話、あるいは愚痴やら何やらを語り合っていました。今になって思えば、あのゲームタイムは、姉弟の大切なコミュニケーションの時間でした。

そしてワタクシが中学2年の時、出ましたよ、アレが。「ファイナル・ファンタジー7」です。

ファイナルファンタジー7の画像。

それまでの「FF」シリーズも弟がプレイしているのを見ていたのですが、どうもシステムが難しく、自分ではやりませんでした。しかし「FF7」は、まず世界観が超好みでした。スチームパンクっぽいところとかですね。何より「マテリア」のシステムが、頭の悪い私にも理解できたので、八壁史上初の「ラスボス戦まで行ったRPG」になりました(多分セフィロスには勝ってない……)(タークスのレノが好きでした)。

音ゲーにマジギレする打楽器奏者こと私

その後登場したのが、「ビーマニ」こと「ビートマニア」に代表される音ゲー、リズムゲーですね。オーケストラ部で5年ほど打楽器を担当していたワタクシ、正直最初はブチ切れながらプレイしておりました。

「全部譜面で出せや! したら完璧に叩いてやんよ!!」

といった具合に。何とも微笑ましいですね。

私と一緒にゲームをしたい男 ~試される愛の力~

その後はあまりゲームをした記憶がないのですが、唯一覚えているのがニンテンドーDSの「もっと英語漬け」ですね。しかし、仮にも1年間はNYで生活していた身、正直レベルが合いませんでした。そんでなんか知らん内に平成生まれのヤングな男子に出会いました。これ犯罪ちゃうんか、と思いながらも交際開始→共に上京&同棲開始、となりまして、気づいたら入籍してました。

弟同様、夫もゲーマーです。しかし本人曰く、私の弟のようにやり込むタイプではなく、広く浅くのタイプだと自己申告しています。テレビゲームより、PCとスマホゲームを好んでプレイしてますね。

いきなり開戦:カードゲーム篇

そんな我が夫ですが、彼には大いなる野望があるのです。それはズバリ、

「ゆかりさんと一緒にゲームがしたい」

という極めてシンプルなものです。一方、私のゲーム履歴は、「英語漬け」を除けば「ビーマニ」で止まっているんですよ。そもそも複雑なゲームのルールを理解するのにこの残念な頭は相当なエネルギーと時間を要するんですよ。だから夫に連れられて謎の店に行き、夫が何やらカードのセットのようなもの=デッキを二つ購入し帰宅して、開口一番、

「じゃあやりましょうか」

と片方のデッキを突き出してきた時は、正直ぽかーんでした。だって私、アニメ「遊戯王」シリーズ大好きですけど、デュエルのルール理解してませんからね。というわけでトライしたカードゲームもわけが分からず、適当にカードを選んだり出したりしていたら、

「あ、ゆかりさんの勝ちです」

と夫に言われ、え? あ、はい、恐縮です、みたいな感じで終わりました。……わけが分からんです!!(むせび泣きながら)

逆襲の配偶者:ボードゲーム篇

だがしかしHOWEVER, 夫の「一緒にゲームしたい欲」は留まることを知らず、ある日なんか知らんがアマゾンから荷物が届きました。彼はIT系の仕事をしているので、また技術書でも買ったのかな、なんて思っていたのも束の間、夫が帰宅し荷物を見ると大喜び。食事を済ませると、

ゆかりさん! これやりましょう!

と箱を開けました。したらなんか、色々出てきはりました。カード? とか、カードを置く台? とか、ダイス? とかとか。

「すっごく簡単なルールのボードゲームです! これならゆかりさんもできます!

ぼ、ぼーどげーむ……?「私にゲームは無理や!」と突っぱねてしまうのも申し訳なかったので、一応説明を受け、挑戦してみました。……やっぱり分からない……。ルールはかろうじて理解したつもりでしたが、あの、ボードゲームやゲーム好きな方全般に対して大変失礼ながら言わせていただくと、その、私には夫が勧めてくるゲームに、楽しさを見出せなかったのです……あー、言っちゃった……。

だがしかしHOWEVER!!(再度):コミュニケーションのサポートツールとしてのゲーム

こんなダメ主婦な私でもですね、小説やコラムを書くことしか能のないワタクシでもですね、夫のことは心から愛しておるわけです。そんで、ちょっと別のことを思い出したんです。

「進撃の巨人」で思い知った唾棄すべき失態

「進撃の巨人」のアニメが始まった頃、弟が「姉ちゃん! 神アニメ来たよ!!」と私の部屋に突進してきてですね、一緒に見たんですよ、第3話まで。そこで私は、今となってはあの時の自分を戒めたいほどの過ちを犯したのです。

進撃の巨人イメージ画像。

人気なのは知ってました。人気ぶりは日本人ではなく英語圏の友人から聞いていたんですけど、どこか斜に構えて見てしまったんですね。「おまえの真の実力、見せてみろよ」的な、ね。当時の私には、「何が面白いのか全く理解できなかった」のです。そう、ちょうど夫が買ったカードゲームやボードゲームのように。
だから私は弟にこんなことを言ってしまったのです。

「んー、姉ちゃんコレ見ないと思うから、巨人の正体教えて」

死ねよ当時の自分!!!!!

馬鹿でした、米津玄師が歌う「馬と鹿」以上にエモーショナルに阿呆でした。それから数年後、とあるきっかけで「進撃の巨人」にドハマりした時、私は猛省しました
なぜネタバレを聞いてしまったのか、と。

ゲーマーにはなれないかもしれないけれど

要するに私はまだ、夫が一緒にやりたいと言って持ってくるゲームに対して、誠実に向き合っていないのではないか、ということです。苦手意識ばかりが先行して、「ゲームを楽しもう」という気持ちがほぼ皆無なんちゃうか、食わず嫌いしとるんちゃうか、と。「進撃の巨人」がそうであったように。

先述の弟とのゲームタイムのことも思い出しました。いくら負けっぱなしでも、コントローラーを握って指を動かしながら、私と弟はあの時、心の深い部分で通じ合っていたと今でも思います。

——あれ? ここまで書いて気づいたのですが、私、別に「アンチゲーマー」とか重度の「ゲーム嫌い」ではないんじゃないでしょうか

「苦手」ではあります。しかしそれは「不得手」という意味であって、たとえば夫がゲームに没頭して構ってくれなくなると寂しくはなりますが、私も常に音楽を垂れ流して生活しているのでお互い様というか何というか。それで、この記事を書いていく内に、ちょっとしたチャレンジ精神が胸の奥底にポコンと生まれたのです。

「夫ともう一度、ゲームをやってみようかな」

実は我が家にはWiiがあります。ソフトはぷよぷよだけですが、夫は近日中にマリオカートを買うと言っています。無論、私は精神疾患持ちで情緒不安定になりやすいので、そこは様子を見つつ、ですが。

WIIでプレイするぷよぷよの様子。

そして、弟に、私の正確なゲーム遍歴を聞いてみようかな、ってか聞きたいな、という欲求も生まれました。何しろ解離性健忘のため、私の記憶はあてになりません。記憶力の良い弟と話すことで、何か発見や気づきがあるかもしれません。ゲームという『かすがい』で以て、夫ともっと楽しい時間を過ごしたい、弟とも話したい。 コミュニケーションのサポートツールとして、ゲームは私にとって大きな価値があると気づかされました。

WIIのコントローラーを握る二人の手。

いつか、弟と夫に話を聞くと共に、プレイレポート的なものも書けたらいいな、と思っています。あと、「言葉ポーカー」という手作りゲームについても。ここまで長々と解離性健忘でアンチゲーマー&ゲーム嫌いな人の話を読んでいただきありがとうございました。またお会いしましょう。

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八壁 ゆかり

ロック生まれチバラキ時々ニューヨーク育ち。 現在は主婦として小説を中心に色々書くただのパンクロッカー。 twitter : @8wallsleft

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