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バリアフリー街歩きで、「当たり前」や「普通」の価値を再考した話

「本気で遊べば、明日は変わる。」
バリアフリーeスポーツを提唱するePARAの合い言葉だ。
ここで私は、障害メンバーとともに本気で遊ぶ舞台を創る仕事をしている。

この仕事で、さまざまな障害当事者と出会った。
障害とともに生きている人の挫折・苦労・悔しさ・憤り・諦めを知った。
一方で、美しさ・強さ・尊さ・カッコよさも知り、今日も仲間たちの笑顔や明るい声に元気をもらっている。

同時に、「普通」とか「当たり前」という言葉を簡単に使えなくなった。
「普通」や「当たり前」は、人によって大きく異なると実感することが増えたからだ。
そして、誰かが「普通」とか「当たり前」と思って体験できていることの裏には、たくさんの人の努力や支えがあると考えるようになったからだ。

「当たり前じゃねぇからな」

小走りで駅に向かう私は、障害とともに生きる強さを考えているうちにふと、加藤浩次さんの名言を思い出した。
2024年10月18日金曜日。曇り時々雨。この日の目的地はJR武蔵中原駅。バリアフリー街歩きに参加する。

Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsuバリアフリー街歩きのしおり© Fujitsu

バリアフリー街歩き(主催:富士通株式会社)

「バリアフリー街歩き」は、富士通株式会社が社会貢献の一環として、年1~2回程度開催しているイベントだ。
今回は武蔵中原駅前の富士通社本店「Fujitsu Technology Park」を出発し、車椅子とともにバリアフリースポットを確認しながら川崎フロンターレのホームスタジアムまで歩く。

ePARAからは、車いすeサッカーチーム「ePARAユナイテッド」所属のアフロ・羽飛(つばさ)・たけちゃんが参戦。
他には、社会人アメリカンフットボールチーム・富士通フロンティアーズの2選手をはじめ、フロンターレスクールのご家族・尚美学園大学のインターン生など計20名以上が参加した。

16時50分に集合した一行は簡単な自己紹介を行い、車椅子の乗り方説明の後に2組に分かれ、富士通が作成した「川崎フロンターレバリアフリーマップ」を手に50分の旅路に向かう。

川崎フロンターレバリアフリーマップとは?

等々力迷宮。スタジアムへの往復の道のりが難解なことから、いつしかそんな呼び名がついた。
各駅からスタジアムへの道のりに私道も多く、公式ルートを定めにくいことが「迷宮」たる理由なのだが、「迷宮」には当然のように車椅子やベビーカーでは通りにくい道もある。

そこで富士通株式会社が制作したのが「川崎フロンターレバリアフリーマップ」だ。同マップには、武蔵小杉駅・武蔵中原駅・新丸子駅それぞれからのバリアフリー視点での推奨ルートや、スタジアムでの留意点が書かれている。

バリアフリー街歩きは、このマップに示された武蔵中原駅出発のルートをたどった。
雨天予報で日中は雨が降り注いだこの日だが、街歩きの時間帯は天も味方してくれた。

バリアフリー街歩きで生まれた他者理解

バリアフリー街歩きは、お散歩のようなゆったりとした時間の流れで進行し、そこでのトークもさまざまな話題に及んだ。

トレーニングはやみくもにやるとかえってマイナスで、プレイにおける自分の課題や目的に合わせたトレーニング内容や強度を選んで計画的に行うことが大切です。
(富士通フロンティアーズ:徳茂宏樹選手)

富士通フロンティアーズは、社会人アメリカンフットボール3連覇を果たしている日本屈指の強豪チーム。
国内トップに位置するチームで活躍する選手は、脳をフル回転させながら鍛錬に励んでいる。
eスポーツも同様だが、競争の中で一番になるにはやみくもに練習するだけではなく、知識・考え抜く力・実行力が必要になる。

川崎フロンターレのスクールは、アカデミーと違うのでサッカー初心者も気軽に始められるし無料体験もありますよ。
(フロンターレスクールのご家族)

フロンターレのスクールと聞くと、アカデミー出身の三笘薫選手や田中碧選手を思い浮かべる。私はどうしてもサッカーが上手な子だけが入れるという思い込み(バリア)があった。Jリーグチームのスクールって敷居が高いと思っていたけど、初心者からでもスタートできると知った。

また、障害に関する小話として、自動販売機の前でこんな話題も出た。

車椅子ユーザーや低身長の人の中には、自動販売機の高い位置に届かない人もいます。友人は、自力で押すために棒を携帯していました。
(ePARAユナイテッド:たけちゃんの母)

試しに車椅子に座って自動販売機に手を伸ばしてみる。いちばん下の段ですら、全く届かない。腰を少し浮かせてなんとか購入できる。
確かにこれは、背の低い車椅子利用者は自動販売機は使いにくい。

全盲ユーザーがひとりで自販機で買うときは闇鍋と一緒です。だからePARAの全盲・NAOYAの場合は配置を憶えている自販機で買います。商品の配置が変わっていると時にたいへんで、珈琲を買うつもりがコーラが出てきたこともあるそうです。
(株式会社ePARA:細貝輝夫)

Blind Fortiaの持ちネタのひとつを拝借して、お伝えした。
たけちゃんもBlind Fortiaのメンバーも、そういう体験を苦労話ではなく、笑い話のひとつとして話題を提供してくれる。そんなパワーを伝達したかったのだが、うまく伝わっていることを祈りたい。

バリアフリー街歩きの終盤には、ePARAユナイテッド・アフロが自身の車椅子の機能をご紹介した。前方両脇についているライトや、介助者が乗車できる荷台機能で参加者を盛り上げてくれていた。
なお、この日のたけちゃんは、フロンターレカラーに塗装された車椅子で参加した。
ePARAユナイテッドメンバーの車椅子はよく見ると、ひとりひとり個性やこだわりがあるし、それを語り出すと止まらなくなるから面白い。

バリアフリー街歩きで感じる、「当たり前」のありがたさ

バリアフリー街歩きでは、道中に大きな出来事が起こるわけではない。
そんな「普通」の時間こそが、バリアフリー街歩きのいちばん大切な特長だと気づく。
たくさんの「当たり前」が確保されていることが価値だからだ。

  • イベント(サッカー観戦)に向かう高揚感がある。
  • お散歩感覚で歩けるバリアフリーな道のりで、移動に苦労が少ない。
  • 企画する方々がルートをエスコートしてくれて、「迷宮」に迷わない。
  • バリアフリー・川崎フロンターレ・富士通という共通の話題がある。
  • 天気や気温、気圧などに問題がない。
  • 参加者が、トラブルなく時間通りに集合場所に着けている。

そんな「当たり前」がクリアされているから、初対面同士でもリラックスしておしゃべりできる。無理におしゃべりしなくても良い。
その時間が、少しずつ心のバリアを溶かしていく。道中に大きな出来事が起きない「普通」の時間こそが特別な時間なのだ。
その「普通」の特別さは、ふだん障害を持つメンバーと過ごす中で感じることも多い。

今回の企画を担当してくださった富士通企業スポーツ推進室の中嶋千明氏からは、「詰め込みすぎたかな、もっと交流したかったな」というコメントがあった。
ここに、バリアフリー街歩きの軸足とこだわりを感じた。大切なことは交流であり、他者理解を築くコミュニケーションなのだと思った。

富士通株式会社Employee Success本部 企業スポーツ推進室の皆さま

バリアフリー関連施策で「当たり前」を豊かにする循環

Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsuに到着後、川崎とどろきパーク株式会社の方々がスタジアムのバリアフリーを目指す取り組みを教えてくれた。

  • バンディエラゲートの横にあるエレベーターは、車椅子のファンの利便性向上を意識して創られた。
  • スタジアム脇、丘のそばにあるスロープは、車椅子バリアフリーの一環で創られた。

いずれも誰からも愛されるスタジアムづくりやバリアフリーの意志から創られたものだと知り、なんだか嬉しくなった。
ふだん何気なく見ていた景色が、ちょっと特別な意味を持った存在になった気がした。

特筆したいのは、こうしたスタジアムの改善が車椅子利用者に留まらない用途に広がっていることだ。
エレベーターは車椅子利用者の入場だけではなくベビーカーの利用者や足の悪い方にも活用され、スロープは選手用バスをサポーターが迎える「バス待ち」エリアの一部になっている。

帰り際、こんな話を聞いた。

バリアフリー対応を含めて様々な要素で、日本のスタジアムは発展途上です。このスタジアムのメインスタンドは比較的新しく、実際に起こり得る多様な状況を想定して造られたものの、それでもまだまだです。さらにはスタジアム全体でリアルなニーズにちゃんと応えられているかというと、私は到達度10%くらいという感覚です。

これからサイドおよびバックスタンドの改築も予定されていますが、建築条件等の都合もありますし、新スタジアムになってもまだまだ至らないかもしれません。

ただ、誰もが楽しめるスタジアムに進化させたいという思いは持ち続けています

そんな思いを街の人たちやサポーターにも共感してもらって、知見やアイディアを寄せ合いながら、みんなで良くしていくのが大切だと考えています。日本サッカー界の先進事例をたくさん創っていきたいですね。
(株式会社川崎フロンターレ:岩永修幸氏)

自分たちが大切にするスタジアムを、自分たちがバリアフリーの視点から少しずつ進化させる。今できていない点を見るよりも、できたら良くなる将来をみんなで想像しながら、少しずつ歩みを進めていく。すごく未来が楽しみになる頼もしいスタンスだと感じた。

バリアフリー街歩きで「当たり前」の価値を学ぶ

バリアフリーという言葉はときに、限られたごく一部の人のためのもののように誤解される。
だが実際は身の回りの事例だけ見ても、階段の手すり・段差のない道・大きくて押しやすいボタン・電車のホームドアなど、バリアフリーの改善が結果としてより多くの人の利便性を上げることも多い。そんな工夫は、ユニバーサルデザインとして社会全体の「当たり前」になりつつある。

バリアフリーの「バリア」は、物理的バリアに限定されず、制度面のバリア・文化や情報面のバリア・意識面のバリアなど、多く存在する。
日常生活を不自由なく過ごせる人には、多種多様な「バリア」の存在すら気づきにくいことも多い。

バリアフリー街歩きは、日々の生活から少し視点を変えることで「当たり前」に進化していることの価値と、まだ解消できていない「バリア」の存在とに気づく学びの場・コミュニケーションの場だと思う。そして、心のバリアフリーの歩みを進める場だと思う。

制度の変更や施設の改築によるバリアフリーは費用も時間もかかって一朝一夕にはいかないが、意識面のバリア、いわゆる心のバリアフリーは、ひとりひとりの日々の暮らしの気づきで変わっていけるものだ。
バリアフリー街歩きのような企画は、そこで生まれる学び・出会い・コミュニケーションの機会を与えてくれる。

私たちePARAは、障害×eスポーツを通して「本気で遊べば、明日は変わる。」を実践し、心のバリアフリーを推し進めている。
私たちが大切にしていることも、こうした学び・出会い・コミュニケーションの機会の創出だ。
ePARAは今後もこうした企画と共創・コラボレーションを進め、「当たり前」をより良くしていくことに貢献できたら
そんな気持ちを新たにさせてくれる学びの一夜となった。

今回のバリアフリー街歩きで更新されたバリアフリーマップ @Fujitsu

バリアフリーマップ - Fujitsu Sports -の一覧リンク

追記:ボクたちの失敗、そして感謝

バリアフリー街歩きを終えた後、メイン車椅子席で2024明治安田J1リーグ第34節 川崎フロンターレ vs ガンバ大阪戦を観戦した。試合後に、雨の中を武蔵小杉駅に向かった私と羽飛は、混雑の中で道を間違え、バリアフルなルートを選んでしまった。バッグの中のバリアフリーマップは取り出せない。

豚に真珠、、、。猫に小判、、、。

結局、軌道修正もできず、おしゃべりする余裕もなく、何度も段差や狭い歩道と格闘した。

「羽飛さん、道を間違えてごめんね。」

武蔵小杉駅構内で服にしみた水滴をふく最中の会話でそう伝えると、羽飛は明るく返事してくれた。

「ぜんぜん大丈夫ですよ。今日は、悠さんが決めてくれましたし!」

推しの活躍がすべての「バリア」を浄化する!?

川崎フロンターレは、0対1とビハインドの後半23分に小林悠選手を投入。後半36分遠野大弥選手のクロスに中央の小林悠選手がヘッドで叩きつけ、ゴールネットを揺らした。

小林悠選手が川崎フロンターレのストライカーになって15年。積み重ねたゴール数はこの日でJ1歴代7位の通算141。(2024明治安田J1リーグ終了時点で143)
プレイ時間が限られている時も、この日のように雨の強いピッチの時も、怪我で十分なコンディションでない時も、常にチームを勝たせるために「当たり前」のように質の高い練習・準備をし、ギラギラとゴールを狙い続けてきた。
川崎フロンターレのサポーターは、そんな小林悠選手の「当たり前」をずっと見ている。
プロの世界は非常に厳しく、どんなに高いレベルで「当たり前」の準備をしていても、その先にゴールや勝利が待っているとは限らない。
だからこそみんな彼のゴールを期待し、彼のプレイに心揺さぶられ、彼の魂のゴールに元気をもらう。
ePARAユナイテッドもこれまでの交流を通じて小林悠選手の魅力に触れ、いつも応援している。

メイン車椅子席でその瞬間に立ち会ったたけちゃん・羽飛・アフロの3人は、至極の表情で喜びを表現した。
小林悠選手の「当たり前」の準備とその先で創出できたゴールが、みんなの疲れを癒やしてくれた。このゴールの裏で「当たり前」に支えてくれている人たちに心から感謝した

たくさんの「当たり前」のおかげで、この日は忘れられない特別な一日になった

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細貝輝夫

ePARAのCMO。企画/マーケティング/広報・PR担当。バリアフリープロジェクトチーム「Fortia」マネージャー。欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞で優勝経験を持つ。

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