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ePARAレポート クロスライン

聴覚障害者くらげのスーパー耐久シリーズ2022第7戦観戦記~鈴鹿サーキットでバリアフリーを考える~

一般財団法人トヨタ・モビリティ基金のアイデアコンテスト「Make a Move PROJECT」の「Mobility for ALL~移動の可能性を、すべての人に。」部門に採択されたePARAのプロジェクト『クロスライン-ボクらは違いと旅をする-』(以下、クロスライン)。2022年10月に行われた実証実験では、30名を超える障害者が岡山国際サーキットに集まり、さまざま観点から「障害者とモータースポーツの可能性」を探った。
(参考記事:実証実験を行いました【クロスライン/Cross the Border - ボクらは違いと旅をする- 】2022年10月15~17日

それに引き続き、11月27日、今度は「サーキットのバリアフリーなどに関して、聴覚障害者としての意見がほしい」ということで鈴鹿サーキットに向かった。クロスラインで岡山国際サーキットに行ったのに続き、2回目のサーキットでの観戦である。今回はこの旅で感じたことを書きたい。
(参考記事:リアルタイム字幕の実証実験を行いました【クロスライン/Cross the Border - ボクらは違いと旅をする- 】2022年11月27日

移動の便利さの重要性

前日に名古屋に宿泊し、翌朝は名古屋駅から特急で40分のところにある白子駅に向かい、そこからタクシーで10分程度で鈴鹿サーキットに到着した。前回行った岡山国際サーキットは岡山駅からバスで1時間ほどかかる山中にあったので、そこと比較するとアクセスが良い感じがした。

熱気あふれる鈴鹿サーキット

岡山国際サーキットでも感じたことだが、サーキットは轟音がすごく、どうしても人里離れたところにある。そういう「物理的な距離」自体が、ただでさえ移動が難しい障害者にとってモータースポーツが「距離が遠いもの」になっている要因の一つなのではないだろうか。

移動に問題があることが多い障害者にとって、「どのルートで目的地に行くか」というのは健常者以上に大きな悩みだ。そういう面でも「駅から比較的近い」というのは障害者がスポーツやレースを観戦する上では重要なことだと思うのだが、車いすや視覚障害者などの「移動弱者」の動線を考慮したサーキットやイベントホールはそれほど多くはないだろう。

そもそも「障害者向けの施設」というのは僻地にあることが多い。家族が一緒に住んでいて車が使えれば良いのだが、ある程度自立して一人で生活しているケースでは、障害者向けの各種施設にアクセスできないということが普通にある。「障害者向けのアクセスをどう担保するか」ということは障害者施設を新設するときに真剣に考えてほしい問題だと思う。

バリアフリーは「みんなのため」のもの

鈴鹿サーキットに着いてみると、子どもを連れたファミリー層が結構多い。中にはベビーカーに赤ちゃんを乗せてサーキットへ向かう夫婦もいる。それもそのはずで、鈴鹿サーキットはサーキットのみならずホテルや遊園地があるレジャー施設になっており、ファミリー層は重要な顧客層である。「バリアフリー」になっていれば子どもが小さくても来やすいし、ベビーカーも使いやすい。歩道には凹凸が少なく、勾配もできるだけ作らないようにしていると感じた。バリアフリートイレや家族向けのトイレもあって、こういうところが充実すれば、もっといろんな人が気楽にモータースポーツを楽しむことができるのだろうなと思った。

この先はどんどん高齢化社会になっていくが、車いすになってもサーキットでモーターレースを見たいというお年寄りも増えていくはずだ。そういう観点から見れば、「バリアフリー」とは決してごく一部の障害者のためだけの施策ではなく、「すべての人にとって」大事なものなのである。

「実況」「解説」を字幕化する意味

今回のePARAからの鈴鹿サーキット訪問には、聴覚障害者の私のほかに、視覚障害がある方や発達障害・精神障害がある方が参加した。また、「Mobility for ALL~移動の可能性を全ての人に」に採択されたほかのチームもブース出展しており、今回はサーキットでの観戦以外に、10月の『クロスライン』ではあまりじっくり見ることができなかったブースを見学することができた。

UDトークについて

まずはサーキットに向かい、レースを観戦する。今回のレースでは前回と同じく、実況に「UDトーク」でリアルタイムで字幕をつけるシステムになっていた。レースはYouTubeで中継されるのだが、そこでの話の内容がUDトークに表示される仕組みである。前回は1つのスマホでUDトークだけを表示しつつ、別のスマホでYouTubeを表示して観戦していて、目の移動がとても煩雑だったのだが、今回はスマホを買い替えて画面がやや大きくなっていた。そこで、画面を上下分割表示にし、上の画面でYouTubeを流して下の画面でUDトークを表示する方法を試してみたら、視線をあまり動かさずに内容を理解できた。この先、安価なVRグラスなどが次々発売されていくのだろうけれど、そういう機器を応用すればどんどん「楽しめること」が増えていくと思う。そのためには、障害者自身が試行錯誤し、新しいテクニックを開発して共有していくことも大切になっていくだろう。障害者自身の情報リテラシーの向上も同時に求められるので大変ではあるが、障害者自身でできることは大幅に増えていくだろう

なぜ「字幕」が必要なのか

ところで、なぜ「実況」に字幕が必要なのかと疑問に思う方もいるかもしれない。そういう方は、テレビであまり興味のないスポーツを中継していたらミュートにして10分間ほど見てほしい。想像以上につまらなくて苦しい時間になるはずだ。ある程度知識のあるものはさておき、詳しくないものを何の説明もなくただ見るというのは苦行である。実況や解説があって初めてわかることは無数にあるのだ。聴覚障害者はそういう「当たり前に入る情報」から阻害されていることがほとんどで、故に「何も知らない」と馬鹿にされることもあるし、そういったことの積み重ねで新しいことに取り組もうとする意欲を失うこともまた多い。私もモータースポーツについてはあまり詳しくなく、UDトークで実況が字幕化されていなかったら、ただブオンブオンと鳴る車が走っているのを眺めているだけになる。それはそれで楽しめなくはないが、何がどうなっているのか、今どんな状況なのかがわからないことには面白さが半減するどころではないな、と改めて感じた。

実況がないと楽しめないこともある

テレビに聴覚障害者向けの字幕が出るようになったのは15年ほど前だと思うが、初めて字幕放送を見たときは本当に感動したし、テレビというのはこれほど多くの情報を流しているのかと驚いた。10年ほど前からはスポーツの実況や解説にもリアルタイムで字幕がつくようになり、何をやっているかさっぱりわからなかったサッカーや野球といったスポーツの内容がわかるようになったときもやはり感動した。テレビ向けに字幕を作るのはかなりコストもかかるし、施設や設備も必要になるが、UDトークはAIにより音声を文字化し、その文字化したものを校正者が修正する。楽な作業だとは全く思わないが、比較的少人数で高精度の字幕を作ることができる。技術の進歩は本当にすごいし、低コストで障害者を支援できる範疇も増えていくのだろう。その範疇が増えれば「感動すること」も増えていくはずで、それは確実に世の中の「面白い」の総量を増やす活動になっていくのである。

情報の質を高めていくために

レースの観戦と並行して、いくつかのチームの試作品などを試用させていただくことになった。その中から気になったものを紹介したい。

まずは「エヴィクサー株式会社」が開発した「光るTシャツ」である。今回体験させていただいたのは法被タイプのもので、周りの音を分析してさまざまな光に置き換え、楽しむことができる装置となっている。この場合は「聞く」というよりも「感じる」という方が正しいのだけど、音が聞こえない人でも視覚的に「わかる」というのはやはり楽しいことであると思う。

TシャツのLEDが光っている状態(「光と同期し音が見える『光るTシャツ』はモータースポーツを楽しむ新しい観戦スタイル」(一財)トヨタ・モビリティ基金「Make a Move PROJECT」活動報告サイトより)

この「光るTシャツ」で今回エンジン音を体験してみたのだが、人工内耳や補聴器をつけながら聞いてみると、瞬時に音に合わせてきれいにLEDが光っていく。補聴器などを外し、音が聞こえない状態で試してみると、光のおかげで入ってくる情報量がそれまでとは確かに変わったように感じた。「音が鳴っているか鳴ってないか」だけなら色がついたり消えたりすればいいだけなのだけど、「楽しむ」となると「どのような音なのか」も重要な情報だ。それをLEDにより表現するというのは、前回経験した「ピクシーダストテクノロジーズ株式会社」の「SOUND HUG」と同じように面白いアプローチだと感じた。

重度の聴覚障害者でも音楽を楽しむ人は多く、音そのものよりも音楽の振動だったり、ほかの人が音楽を楽しむ様子を見ることだったり、それぞれ楽しさを見出すポイントが違うのが面白い。「音楽を楽しむ」というのは何も「音楽そのもの」を楽しむことに限らないし、健聴者でも音楽そのものだけが音楽の楽しみ方ではないはずである。目が見えない人が映画や本を楽しめないわけではないし、聴覚障害だから音楽を楽しめないわけでもない。それぞれに工夫をしているわけだし、「楽しめない」と決めつけて体験させない、ということが一番悲しいことだと思う。

障害者を支援するアプローチの方向性

ほかの発達障害者と一緒に、「LOOVIC株式会社」による視空間認知障害の移動支援デバイス「LOOVIC」も体験した。聴覚障害と同時にADHDもある私もそうだが、発達障害があるとなぜか道に迷いやすい。これは、発達障害があると空間を認知する能力が弱く、今いるところや方角がすぐにわからなくなってしまうことと関係があるようだ。「LOOVIC」は首の後ろにかけるタイプのデバイスで、最近流行りのネックスピーカーのような形をしてる。このデバイスが「右です」「左です」と話したり振動したりすることで、どの方向に行くのが正しいのかを教えてくれる。今回の試作品では人工内耳や補聴器をつけたままでは聞くことができず、振動だけを試してみたが、確かにタイミング良く分岐で振動が発生し、曲がるタイミングなどを知ることができた。ほかの方の話を聞いてみたが、歩きやすさを感じるようになったようである。

移動支援デバイス「LOOVIC」を体験する参加者

このように指示を出す方法はスマホとグーグルマップを組み合わせればできなくはないが、歩きスマホによる事故なども懸念される。そういう背景のなかで、より安全に生活するためのデバイスはこれからどんどん伸びていく分野になるはずである。

障害者向けのテクノロジーには、「すでにある機能やアプリ」をいかに使いこなすかというアプローチもあれば、「すでにある機能をより安全かつ簡単に使うための技術や装置を開発する」というアプローチもある。どっちが良い、というものではなく、「どっちも大事」ということになるのだろう。いずれにせよ「障害者自身が知らない」ことには広まっていかないので、いかに「知ってもらうか」という活動が必要で、今回のようなイベントはとても貴重な機会になったと思う。

ちなみに今回は会場に手話通訳者がいて、強風で風切り音が補聴器などに干渉して聞こえにくかったときに通訳していただき、とても助かった。手話通訳者の方には感謝申し上げたい。普段は人工内耳などを活用しておりあまり手話などを使わないが、イレギュラーな事態ではどうしても対応が難しくなることもある。そういうときのために複数の補助手段があると本当に助かると改めて感じた。

というわけで、いろいろなことを体験して考えつつ、夕方に鈴鹿サーキットをあとにして自宅へ戻った。関係者の皆様、お疲れさまでした。

新たなる旅に向けて ~クロスライン-ボクらは違いと旅をするSEASON2-~

ePARAはMake a Move PROJECTの「Mobility for ALL」部門のファイナリストとして採択を受け、2023年も引き続き新たなる旅が行われる予定であるようだ。今年の旅はどうなるのか、今から楽しみにしている。

Make a Move PROJECT「Mobility for ALL」
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くらげ

山形県出身、東京都在住のサラリーマン兼物書き。
聴覚障害・発達障害(ADHD)・躁鬱病があり、同じく発達障害・精神障害・てんかんがある妻(あお)と自立して二人暮らし。
著書「ボクの彼女は発達障害―障害者カップルのドタバタ日記 (ヒューマンケアブックス)」「ボクの彼女は発達障害2 一緒に暮らして毎日ドタバタしてます! (ヒューマンケアブックス)」があるほか、様々なコラムや記事を執筆している。 現在、障害者専門クラウドソーシングサービス「サニーバンク」(https://sunnybank.jp/)のアドバイザーを務めている。 公式note(https://note.com/kura_tera)

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