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ePARAレポート クロスライン

「違い」を超えるコンヴィヴィアリティ-文化人類学者のクロスライン・レポート-<クロスライン特集④>

ePARA SDGsアドバイザーの早川公と申します。

今回はePARAが秋の総力をあげて実施した「クロスライン-ボクらは違いと旅をする-」に随伴した経験を、わたしの専門である文化人類学の立場から言葉に残してみたいと思います。

ePARA SDGsアドバイザーの早川公の写真
ePARAのSDGsアドバイザーを務める文化人類学者・早川公氏

 「クロスライン-ボクらは違いと旅をする-」プロジェクトとは

一般財団法人トヨタ・モビリティ基金(TMF)のMake a Move PROJECTでの採択を受けて実施する実証実験です。多種多様な障がい当事者が一連のプロジェクトを通じて「違い」を楽しむ”旅”を共創する、というのがコンセプトです(配布しおりより)。

クロスラインの旅のしおりの画像
クロスラインの旅のしおり(一部)

この”旅”のキモは、障がい当事者が企画の段階から参加し、試行錯誤を共有しながら”旅”を作ることにあります。

通常の旅行パッケージのように、〈サービス提供者〉ー〈サービス消費者〉あるいは〈企画者〉ー〈参加者〉のように誰かが設えたパッケージがあるわけではないので、(関わりの濃淡はあれども)誰もが企画者であり参加者でもあることが前提でプロジェクトは進んでいきます。

このコンセプトに基づいて、”旅”は、大きく5つのステップーー事前のオンライン交流、現地への準備・移動、現地(岡山)でのeスポーツ大会、岡山国際サーキットでのモータースポーツ観戦、事後の振り返りーーで構想されました。

事前のオンライン交流

参加者が、e-モータースポーツを通じて交流をします。交流方法はオンライン/オンサイトの両方があり、オンラインではDiscordを用いて、またオンサイトではAny%CAFEのような拠点を利用してiRacing等のゲームを楽しみます。

また、実際のモータースポーツのオンライン観戦会も実施しました。わたしも参加しましたが、モータースポーツに馴染み深いメンバーによる解説を聞きながら観ることで、レース種別ごとの違いやドライバーやチームの戦略がわかりとても勉強になりました。考えてみれば当たり前だけど、いまやガソリン車だけでなく電気/ハイブリッド、さらには水素電池の車もあるのですね。

現地(岡山)への準備・移動

そして”旅”は、10月15・16日の岡山での現地参集イベントにつながってゆきます。

一口に「移動」といっても、障がい当事者たちにとってはその体験の仕方は異なります。Twitterのハッシュタグ「#クロスライン」を辿ると、その一端を垣間見ることができます。

加藤・直也コンビの旅のはじまり
あーりんの新幹線移動

また、精神疾患を抱える当事者は、予定を早く知りたいとかホテルのチェックインはどのようにすればいいか、などの問合せもありました。新幹線に出発1分前に乗り込んだり、駅についてから予約したホテルの場所を調べたりするハード出張ワーカーのわたしにとっては、こうした皆さんの抱える困りごとの「違い」に衝撃を受けるばかりでした。

eスポーツ大会

そして、岡山に集った参加者で企画する一発目のイベントは、eスポーツ大会(iRacing)です。こちら(と2日目の観戦会)については、詳細な記事がすでに上がっていますので、ぜひそちらをご覧になってください。

見えなくてもモータースポーツは楽しめる?見えない人の長旅を追いかける <クロスライン特集②>(いのかわゆう)

くらげの『ePARA クロスライン-ボクらは違いと旅をする-』旅行記 ~聴覚障害者として参加して考えたこと~(くらげ)

とにかく、このeスポーツイベントには、未来感があふれていました。

皆さんは、2019年の未来を描いた『ブレードランナー』という映画をご存知でしょうか。映画は退廃的でエキゾチックな未来でしたが、このイベントでROBE JAPONICA協賛の「モダンなジャパン」を身に纏った司会者が、実機さながらに構築されたコックピットで「ありえない」運転をするドライバーを配信する様子は、そんな『ブレードランナー』を感じさせるようでもありました。また、このイベントに流れるBGMはすべて、障がい当事者ユニットFortiaに所属する夕立Pさんが作曲。ボーカルはいぐぴーさん(先天性全盲)が務めているというのも驚きです。

全盲の北村直也と実里の2人が行ったドライバー紹介の様子
全盲の2人が行ったドライバー紹介
浴衣を着て「モダンなジャパン」な放送席の3人
「モダンなジャパン」を身に纏った放送席の3人
ボクらのe耐久レース用コックピット、モニターとハンドルコントローラーが写っている
ボクらのe耐久レース用コックピット
足でハンドルを巧みに操る「ありえない運転」をしている様子
足でハンドルを巧みに操る「ありえない運転」

岡山国際サーキットでのモータースポーツ観戦

eスポーツ大会の翌日は、参加者でバスに乗り合わせて岡山国際サーキットで「スーパー耐久レース」の観戦です。

若干季節外れの陽気は、ウィンドブレーカーだと暑く感じましたが、前日のiRacingで観たサーキットがリアルにそこにあることで、より臨場感をもって観戦することができたと思います。

一方で、文化人類学者として随伴した立場としては、会場の様々な場面で当事者の方々が直面する「バリア」も耳目にしました。たとえば、わたしにとってはなんてことない砂利道が車椅子ユーザーにとっては難所だったり、車のエンジン音ゆえに聴覚障がいと意思疎通するのが難しかったりするなど、それぞれ異なる種類の障がいをもつがゆえ課題が見えてきたことが印象的でした。

ePARAメンバーがレース観戦を楽しむ様子
▲観戦を楽しむ様子

事後の振り返り:CJMワークショップ

こうした”旅”を通じて当事者や支援者が感じたことは、それがそのまま未来のモビリティの可能性となります。それをより確かなものにするために、”旅”の最後に組み込んだのが振り返り(リフレクション)のワークショップです。

今回のワークショップでは、CJM(Customer Journey Map)という方法を用いて、ここまで説明した”旅”のステップごとに、行動、接点(使ったモノやサービス)、感情のそれぞれを参加者に書き出してもらいました。

カスタマージャーニーマップを作成する様子
カスタマージャーニーマップを作成する様子

ワークショップの良いところは、個人の体験が他の参加者の体験と響きあうところにあります。(このワークショップの内容をまとめた分析結果はまた別の機会に示せればと。)

各々の感じたことを積極的に意見し合い、ディスカッションをしている様子
各々の感じたことを積極的に意見し合う

クロスラインのプロジェクトは何が凄かったのか

Twitterのハッシュタグ「#クロスライン」を眺めると、参加者によるプロジェクトへの生き生きとした感動がつづられています。それはワークショップ内でも「一体感」という言葉で何人もの参加者から語られていました。

この感動を体験してない人にどんな言葉で伝えたらいいか。それをわたしは一人の思想家の言葉を借用して表現してみようと思います。

コンヴィヴィアリティ:共愉

岡山でのeスポーツ大会初日の夜、わたしはTwitterで次のようにつぶやきました。

ここで書いた「コンヴィヴィアル」(コンヴィヴィアリティ)とは、思想家イヴァン・イリイチが約半世紀前に「脱学校の社会」や「脱病院化社会」という刺激的(で今も重要)な議論を提唱するなかで、つくりだした概念です。原義は、

Con(共に)-Viviality(生き生きとした)

なので、「自立共生」とか「共愉」などと訳されます。

コンヴィヴィアリティは、人間だけでなく自然も含む〈他者〉との関係性の中で、自由を享受し、創造性を発揮している状態を表現したものです。

イリイチが、現代の学校や病院を批判していたのは、それが、

〈教える者〉ー〈教わる者〉 〈医者〉ー〈患者〉

といった権力関係を制度や道具の配置によってつくりだし、人間の自立や自由を奪うと考えたからでした。

今回のクロスラインでは、ふだんなら「バリア」(壁・障害)として横たわっている「違い」を、参加者がえいやっと乗り越えていく様にふれることができました。それは、”旅”の参加者が〈お客さん〉ではなく、〈つくり手〉としてここに参加していたことが大きいのでしょう。

見事な司会で会場を盛り上げてくれたあーりんが、”旅”であるがゆえにがんばれたと書いていることも、それを物語っているように感じます。

誰もが参加者でつくり手である状態を具現化することは、容易なことではありません。なぜなら、それはとても手間がかかって「コストに見合わない」からです。

でもクロスラインのプロジェクトはそれをしなかった(少なくともそれを最小限にしようとした)。ePARAの企画メンバーの精神の中に宿る、コンヴィヴィアリティへの敬意が大きかったのだと思います。

アンプラグドからリプラグドへ

一方で、イリイチは、制度と道具の配置が権力関係をつくりだすと考えていたため、(現代からみると)文明的な道具について過激な警戒心を持っていました。

それゆえ、イリイチは「アンプラグド」(プラグを抜く)という言葉を使って、我われを支配しようとするシステムから距離を取ること、つながりすぎないことを提唱しました。

これはこれで、SNSなどで過剰につながりすぎる現代にとって今でも示唆のあることだと思います。

ただ今回のクロスラインのプロジェクトに関与してわたしは、問題への解決策はアンプラグドするだけでなく、道具とどうつながるかを変えてみることにも可能性が見えた気がしています。

たとえば象徴的だったのはeスポーツ大会における〈コックピット〉です。

ハンドルコントローラーのついたコックピットをそれぞれの身体的特性に対応させることによって、またその際に、メカニックのスタッフが巧みに配置を調整することによって、参加者はファンタスティックな操作を可能にしていました。

ハンドルコントローラーを足操作仕様に調整している様子
ハンドルコントローラーを足操作仕様に調整

また、現地に参加できないメンバーとも、〈ロボット〉を用いてコミュニケーションするのも、ブレードランナーよろしくの近未来感が展開されていました。

ePARAの「Jeni姫」が遠隔操作のロボットを用いてHugiboと仲良く旅をする様子
ePARAの「Jeni姫」がHugiboと仲良く旅をする

こうした、コンヴィヴィアリティを誘発させる道具の使い方をプロジェクトの至るところにありました。

それは、わたしたちの世界を包摂的な社会につくり変えていこうというSDGsの本来的なアジェンダにも合致しているアクションだと思うのです。

(SDGsアジェンダの原文は、Transforming our world です。)

そして来るべきモビリティ社会を目指すのであれば、それはきっと、〈今の社会〉に(過剰に)適合した人間を前提にするのではなく、そこに心身両面で違和を感じている当事者と共に考えることが何より重要なのではないでしょうか。

イベントの最終日。

スクリーンには「NEXT PHASE」と映し出されていました。

クロスラインのプロジェクトは始まったばかりです。

「ボクらのMobility for ALL」は困難な達成かもしれないけれど、そこに居合わせた我われがたしかに触れたその可能性を、よりたしかなものにしていく試行錯誤はこれからも続くことでしょう。

本気で遊べば世界は変わる。

あなたは本気で遊んでいますか?

本気で遊べば、明日は変わる。のePARAのキャッチコピー
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早川 公(はやかわ こう)

1981年宮城県生まれ。二児の父。博士(国際政治経済学)。茨城、宮崎、福井を転々とし、現在は大阪国際大学経営経済学部准教授。
思い出のゲームは好きな子の名前をヒロインにして泣いたバハムートラグーン。

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