代表インタビュー

富山県eスポーツ協会の堺谷陽平さんが語る、地域密着型eスポーツのこれから

富山県eスポーツ連合会長・堺谷洋平氏のeスポーツインタビューアイコン

ePARA代表、加藤大貴がeスポーツに関わる様々な人にインタビューする不定期企画。今回は、「PUSHMAN」(@yoheisakaidani)名前でプレイヤーとしても知られる、富山県eスポーツ連合の堺谷陽平さんにインタビューしました。

少年期:バスケとの別れ、ゲームとの出会い

加藤:最初に、現在の活動から伺ってもよろしいでしょうか?

堺谷:現在は、大きく2つの活動をしています。
1つは、富山県eスポーツ連合という、日本eスポーツ連合の富山県支部(@tgdggwp)としての活動です。主に富山県内でのeスポーツの普及・啓発・発展にフォーカスした活動をしています。
また、2018年から、株式会社ZORGE(ゾルゲ)という会社をやっています。富山県を拠点に、eスポーツ事業を取り組んでいる会社です。主にこの二つを軸として、日々活動しています。

加藤:ありがとうございます。ゲームと関わるようになったきっかけを教えていただけますか?

堺谷:もともと小学生の頃からゲーム自体には触れていました。でも、小中高と約10年間バスケットボールに打ち込んでいたので、ゲームばかりをやっていたわけではなかったです。
転機になったのは、通っていた高校が統廃合の対象になったことでした。地方ではよくあることですが、私の通っていた高校も例外ではなく統廃合されることになったんです。僕たちが高校2年生になる年から、新入生が入れる部活動が統廃合に向けて制限され始めて、僕のいたバスケ部には新入部員が入れない状態になってしまいました。事実上の活動停止です。
バスケが大好きで続けてきて、中学校ぐらいからずっと学校生活イコール部活で過ごしてきた中で、情熱というか、気持ちをもっていく先がなくなってしまいました。気持ちをどこかにぶつけられないかなと思った時に出会ったのがゲームだったんです。

加藤:どういったゲームジャンルに打ち込まれていったんですか?

堺谷:中学校ぐらいから、ハンゲームとかライトにパソコンで遊べるようなゲームが出てきていて。その中で、オンライン対戦ゲーム、特にシューティング系のゲームにはまりました。ネットを介して、どんなところにいても対戦できるんだっていうのがすごく魅力的に感じて、高校2年生ぐらいからパソコンを使ったシューティング系のゲームタイトルにはまっていきました。
僕の通っていた学校が工業高校の機械科だったのもあって、割とクラスにいたクラスメイトたちも自分たちでパソコンを自作で作ってみたりとか、割とオタクカルチャーが根付いている学科でした。友人に「パソコン作りたいんだけどどういうのがいいかな?」とか、アドバイスをもらいながら、「家に帰ったらみんなでちょっと試合しようよ」という感じで、クラスメイト同士でチームを組んで活動していました。

青年期:コミュニティ大会の主催としてゲーマーをつなぐ存在に

加藤:高校卒業後、大阪や東京でお仕事をされていたとお聞きしました。

堺谷:大阪時代はそのIT関連の仕事ってあんまりしてなくて。学校に進学するために行って、途中でやめちゃったんですけれど。その頃から自分でサービスを作るとか、IT系の起業をしたいという思いがすごく強くなって、産学連携を対象としたようなWebサービスを作っていました。その傍らで、ずっとゲームもやっていて、大会を運営したり、企画したりしていました。当時すごくハマっていたのはCall_of_Dutyというゲームで、当時はPC版などのプラットフォームで割と活発な状態ではあったんですが、オフィシャルの大会とも全然なくて、なかなか活動するためのモチベーションも僕に限らずみんな難しい状況でした。その状況下で、僕らがやっていたゲームのみならず、それぞれのタイトルでコミュニティが中心となった大会があったんです。自分たちでスポンサーを見つけてきて、定期的なコミュニティ大会を始めました。私が22歳から23歳のころです。

加藤:何がきっかけでゲームプレイヤーとしてではなくて、大会の運営とかに興味を持たれたんでしょうか?

堺谷:そのときの運営団体も僕が代表でやっていた団体なので、オンラインでの大会っていうのは高校生時代から地道にやっていました。今ほど当たり前に大会がない状況で、年に1回2回あればすごく嬉しかったんです。当時は「全部自分たちでやらなきゃいけないよね」みたいな文化もあったので、同じゲームで僕以外にも同じような動きをしている人ももちろんいましたし、純粋に自分たちも出る大会が欲しかったとか、そういう場を作る一環で、100%誰かのためにやるという形ではなく、みんなで参加してやってみようというのが原動力でしたね。

語学留学、バックパッカー、富山への帰郷

加藤:その後、富山に帰られた、Uターンをされたきっかけはなんでしたか?

堺谷:24歳くらいまで東京にいたんですけれども、その頃に良くしていただいたIT企業の社長さんに、「外国で英語を身につけたり、違うカルチャーに触れたりしてみたら?」とアドバイスされて。その方が海外経験のある方というのもあってすごく説得力があったんですね。当時ちょうど「短期語学留学」というのが話題になっていた時期でもあり、1ヶ月間だけフィリピンのセブ島に行きました。そこでも、日本人がいる環境ではだめだと思って、ロシア人と韓国人しかいない学校で過ごしてみたんです。そこで出会った韓国人の友達とそのまま、東南アジアをバックパッカーとして回ろうという話になって。そういう旅をするうちに、東南アジアの都市とかにも立ち寄って。ビルの形とか見えるテナントとかそんなに東京と変わらないんです。「都会って意外とどこにでもある」事に気づいて、都会へのあこがれが冷めていきました。結果的にそのまま富山に帰ることにしたんです。

加藤:海外に出たことで気づきがあって、故郷に戻られたんですね。

堺谷:富山県高岡市に戻って、あるご縁から空きテナントだった雑居ビルの一室をお借りすることができました。そこを使って、ゲーマーが集まれるようなお店を立ち上げました。eスポーツの普及を目指していたというよりは、地元でゲーム仲間を作りたいという思いではじめました。

加藤:ホストクラブだったお部屋とお聞きしました。

堺谷:そうなんです。ゲーム好きが、本当にただみんな集まってきて、お酒を飲みながら喋る。あとはスマホゲームとかボードゲームで遊んで、たまに簡単な大会をやってみる。そんな、コアなゲーマーが集うゲームバーのような場所にどんどんなっていきました。

ゲームイベントを参加者数人から数千人以上を集める大イベントへ

加藤:そこからどういった経緯で今のような組織化されていったんですか?

堺谷:お店で毎月2回ぐらいイベントをやっていて、当然お金もなかったんでみんなスマホ持ってるからスマホゲームでやろうという話で、「ハースストーン」や「シャドウバース」というカードゲーム系を軸としてやっていました。最初数人しか集まらなかったんですけど、徐々に人が増えてきて、お店に入りきらなくなってしまったんです。そこからは会議室とかを借りて、30人ぐらいのイベントをずっとやってきたという感じです。
そういうイベントをやる中で、日本eスポーツ連合の前身の団体にもなっている日本eスポーツ協会が、日本全国に地方支部を作る際にお声がかかったことから組織になりましたね。運営スタッフとしては数人で、あとはプレイヤーたちがボランティアで関わってくれて。選手兼運営、みんなでイベントを作る形です。

加藤:なるほど。その後どんどん規模が大きくなっていったそうですが、どのように変わっていきましたか?

堺谷:活動の軸になっているのが「ToyamaGamersDay」(とやまゲーマーズデイ:TGD)という2016年からやっているイベントなのですが、そのなかで富山県内の酒蔵で24時間お酒を飲みながらゲームをやるというイベントをやったんです。日本酒が若者にあまり飲まれなくなってきているなかで、どうやったら若者に届くんだろうかと考えている酒蔵さんと、20代から30代の男性が多いゲーマーたちを引き合わせてみたら、すごい反響で。みんなお土産に地酒買って帰るので、すごい量が売れて、参加者側も酒蔵側も満足度が非常に高かったんです。そこから地元の自治体からも注目されるようになって、行政やテレビ局もイベントに参画してくるようになっていきました。イベントは2019年の8回目の開催にかけて、どんどん大規模化して全国的にも知られるようになって、理想的な成長を遂げていったんですが、成長しすぎて我々のリソース的に正直きつかったんです。それで、2020年の9回目は思い切って縮小しました。

2020年10月24日に開催されたToyamaGamersDayのイメージ画像

堺谷さんが見据える富山と「持続可能なeスポーツ」のこれから

加藤:イベントの規模を縮小するというのはタブーなところもありますよね。

堺谷:それはあります。ただ、そこを打ち壊さないと持続可能にならない、疲弊してしまって長くは続けられないなと思ったんです。イベント疲れというのでしょうか。実際、大規模化していったことで「ゲーマーズデイ、昔と変わっちゃったよね」みたいな声もなかったわけではなくて。一度リセットしなきゃいけないという思いはありました。そういう流れで縮小した9回目でしたが、これまでの実績やカニノケンカの話題性などもあって、イベント自体は非常に盛り上がって終えることができました。

加藤:カニノケンカが採用タイトルで、会場でカニが食べられて、賞品もカニで、まさにご当地・富山づくしでしたよね。

堺谷:開催地の射水市がカニで有名なので、できる限りカニづくしにしてみました。これからもしっかりと地域に密着したeスポーツイベントでありたいですね。

加藤:最後になりましたが、これからの展望をお聞かせください。

堺谷:2021年度、富山県は高齢者eスポーツの全国大会を主催します。高齢者とeスポーツの取り組みが徐々に盛り上がるなかで、富山の取り組みを全国に届けたいという思いもあってです。富山県立大学と連携して、研究も開始しています。これ以外にもどんどん仕掛けていくので、興味を持っていただければ幸いです。
また、eスポーツを通じて富山という地域の魅力をどんどん発信していければとも思っています。

まとめ:今までの経験を地元に還元する堺谷さんの生き方

今回、堺谷さんからお話を伺って、地域とeスポーツを繋ぐことで、地域活性のみならず、魅力の全国発信にもつながっていくのだと言うことを改めて感じました。また、堺谷さんの都市部や海外で経験されてきたこともとてもユニークで、非常に魅力的なお話を伺うことができました。堺谷さん、興味深いお話をありがとうございました!

富山県eスポーツ連合会長・堺谷洋平氏

関連リンク

PUSHMAN /堺谷陽平 @yoheisakaidani
株式会社ZORGE(ゾルゲ) http://zorge.jp/
日本eスポーツ連合富山県支部 @tgdggwp
ToyamaGamesDay http://tgd.jespa-toyama.org/
Call Of Duty https://www.callofduty.com/ja/home
カニノケンカ https://www.neoaq.net/games/fightcrab-jp/

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