イベントレポート

ゲーム×アクセシビリティのいま【H.C.R.2024トークショーハイライト③】

2024年10月2日から4日にかけて、東京都・東京ビッグサイト東展示ホールで、H.C.R.2024(国際福祉機器展)が開催されました。H.C.R.とは、ハンドメイドの自助具から最先端技術を活用した介護ロボットまで、世界の福祉機器を一堂に集めたアジア最大規模の国際展示会です。今年のH.C.R.の会場では昨年に引き続き、年齢や障害などの垣根を超えて、誰もが楽しめる遊びを紹介・体験することができる「エンジョイアクティブゾーン」が設けられました。

 「エンジョイアクティブゾーン」では、スポーツとまちづくりや、ゲームアクセシビリティ最前線、ワークショップなどのテーマを扱ったトークショーも開催され、3日間で計6セッションが実施されました。その中から、本稿では10月2日に開催された「ゲーム×アクセシビリティのいま」の模様を聴覚障害・ADHDのライターくらげさんがお届けします。

ゲーム×アクセシビリティのいま

[登壇者]
一木 裕佳 氏 (株式会社日経BP 人的資本経営フェロー)
田中 みゆき 氏 (DDD Project キュレーター/プロデューサー)
ファシリテーター:加藤 大貴氏 (株式会社ePARA 代表取締役)

左から一木裕佳氏、田中みゆき氏、加藤大貴氏

障害者が自信をつけるためのツールとしてのゲーム [一木裕佳氏]

一木氏はバンダイナムコグループで長年にわたり新規事業部を統括し、ゲームを高齢者のリハビリに応用する研究やiPadを使った通話補助装置の開発などに取り組み、バンダイナムコグループの特例子会社バンダイナムコウィルの取締役、その後、特例子会社セガサミービジネスサポートの代表取締役社長として障害者雇用の現場にゲームの要素を取り入れてきた。現在は、株式会社日経BP 総合研究所のフェローとして、これまでの経験や知識を活かし、人的資本経営やESG経営、ダイバーシティ領域の企業コンサルティングやさまざまなイベントやセミナー、研修などの企画や登壇・講演などを行っている。

特例子会社の社長就任後、社員の研修や教育に力を入れていく中で、障害のある社員の能力開発にゲームを取り入れたとのこと。一木氏は特に知的障害のある社員はオフィス清掃など毎日同じ作業の仕事に就くことが多く、特定の運動能力しか使わなくなるため、それ以外の能力が退行しないような能力開発の必要性を感じていたそうだ。

バンダイナムコの新規事業部時代に、九州大学病院と共同研究し、ゲームが高齢者のリハビリに高い効果をもたらすことを実証し、ビジネス展開もした経験から、『ぷよぷよ』などのゲームは、動体視力、瞬間判断力、全体を見渡す注意力、判断と指先の操作の速やかな連動など、さまざまな能力を総合的に使うものであり、能力開発として非常に多くのトレーニング要素があると判断。ゲームの素晴らしい点は、障害のある社員が障害のない社員や役員に勝つこともあるし、仕事では自分よりテキパキ働く人に勝つこともある。ゲームは障害の重さや特性を乗り越えて多くの人と勝負ができ、感動を共感できるものであるという。実際に会社でゲーム大会を行ったところ、その経験を通して自己肯定感や達成感が育まれたり、圧倒的な強さで社内で一目置かれる社員も出てきたりしたそうだ。ゲームをプレイする際にみんなが応援してくれることは大きな励みや喜びにつながり、職場に一体感が生まれ、コミュニケーションが活発になり仕事に対するモチベーションが上がったりしたという。

さらには、特例子会社3社によるぷよぷよ対抗戦を開催。この大会に向けた社内練習では障害の有無に関係なく「どうやったら勝てるか」を参加者全員が考え、YouTube動画などで技や戦略を調べ情報を共有し各人が腕を磨いた。休み時間もゲームを解放し、普段あまり喋らない社員同士が仲良くなったことも嬉しい成果だったそうだ。このことを通じて会社としての結束力が上がり、大会のあとは自発的な行動能力や仕事に対する積極性が上がっていったという効果があり、とても良い活動だったと振り返る。

関連情報:
【障害とビジネスの新しい関係】自発的に仕事も学びも。セガサミーグループが考える障害者と共に成長する組織の在り方 [日本財団ジャーナル]

HCRエンジョイアクティブゾーンの壇上に奥から加藤代表、田中氏、一木氏が座っており、手前の司会がトークショーの説明をしている場面の写真。

障害者を知ることでアクセシビリティの道に入る [田中みゆき氏]

キュレータープロデューサーの田中氏はもともと美術館や博物館で行われているような展覧会を企画・運営する学芸員と呼ばれる仕事を行っていた。2009年に開催した展覧会で義足を扱ったことをきっかけに、障害のある方たちと接するようになり、2014年からは「障害は世界を捉え直す視点」というテーマで障害に特化して活動を始めた。

活動を続けていく中で、田中氏は「自分自身がアクセシビリティに対する関心が強く、それを軸に活動していることに気づいた」という。アクセシビリティとは、本来は障害がある人が物事にアクセスするための手段であるが、それと同時に「私たち全員が人間として、そもそも絵を見るとは何か・映画を見るとは何かということを考えるという視点をもたらす」手段でもあると田中氏は考えている。

田中氏は今年7月に『誰のためのアクセシビリティ? 障害のある人の経験と文化から考える』という本を出版した。この本は「アクセシビリティの考え方は広まってきているが、まだまだ形だけのものが多かったり、そもそも存在しなかったりという状態が多い。また、存在していても障害のある人の意見をきちんと聞いて作られていない状況が多いのではないか」という問題提起から「障害のある人の話を聞くこと、アクセシビリティとは物事の体験を一から考え直すものであるということ」についてまとめたものである。

田中氏の活動の中でもとりわけ興味深いのは、2016年から開催している、視覚障害のあるプログラマーが作成した音だけを頼りにプレイする「オーディオゲーム」が実際にプレイできる「オーディオゲームセンター」というプロジェクトである。

オーディオゲームセンターでゲームを体験するNAOYA

オーディオゲームは視覚障害者が作成したゲームなので画像や映像はない。しかし、砂の音がザクザク響くことでここが校庭だとわかったり、音階が高くなると高いところに登ったことがわかったりという、視覚障害者が音で構築してきた「ルール」に気づくことができる。それは晴眼者にはなかなか気づかないことだ。そのルールが障害者から健常者に提供されていることにこのプロジェクトの意義があると田中氏は考えている。

通常のインクルーシブデザインは「障害のない人が作ったものを障害のある人がプレイできるようにする」という考え方が主流だが、「オーディオゲームセンター」では障害のある人が作ったものを障害のない人もプレイできるようにするという逆の方向のインクルージョンになっているという話に大変面白みを感じた。

関連情報:
東京・渋谷に新感覚のゲームセンター「オーディオゲームセンター + CCBT」 [DIVERSITY IN THE ARTS TODAY ]

ePARAの加藤氏からは、成年後見の活動からePARAを起業したが、eスポーツの活動だけでなく、さらに広い範囲でゲームアクセシビリティ全般を扱う「日本ゲームアクセシビリティ協会」を設立したという話があった。

ゲームとアクセシビリティの未来は多様性にある?

「ゲームとアクセシビリティの未来」をテーマとしたフリートークで、まず一木氏は「ダイバーシティの観点からジェンダーやLGBTQ+、肌の色の違いなどへの配慮を取り入れてゲームにもっと多様性を取り入れていく必要がある。これは生きづらさや働きづらさを感じている人たちのためだけではなく、あらゆる方々が同じように楽しみ感動するために必要な考え方だ」という指摘があった。

それを受けて田中氏は、アメリカで「ライオンキング」で白人の手話通訳者が採用された際に、ろう者の間で「ライオンキングの世界観を表していない」と反発があり、その通訳者が降板したことをきっかけに起きた「手話通訳者の人種問題」という議論を紹介した。田中氏はこの議論を受けて、「アクセシビリティは、障害者に対して提供するコンテンツを情報として伝えるだけではなく、誰がどう伝えるか、その世界観が本物と合っているのかが非常に重要だと考えさせられた」と述べていた。

一木氏は浅草公会堂での尾上右近さんの歌舞伎公演における鑑賞サポートの質の高さに驚いたそうだ。車椅子席や補助犬同伴での鑑賞が可能なことはもちろん、字幕タブレットや台本の貸出(紙またはタブレット)まであったそうで、さまざまなお客様にわかりやすく快適に楽しんでもらうという姿勢に感動したという。歌舞伎などの伝統芸能のファンは大人の女性が多いようで、少子高齢化と人口減が進むことを考えると、ファンを増やし続けるためにはあらゆる方に楽しんでいただけるような鑑賞サポートの拡充は重要であり、その視点はインバウンドの観光客や日本在住の外国人のお客様満足度向上にもつながっていく可能性も指摘された。

また田中氏によれば、舞台の世界でも「リラックスパフォーマンス」といって、観劇中に落ち着かない人のためにフィジェットと呼ばれる指先で遊べる道具や足元を落ち着かせる毛布を提供するなど、これまで劇場と縁のなかった人たちにもアクセシビリティが少しずつ導入され、さまざまな人が楽しめるような努力がされているという。

健常者が設定した「アクセシビリティ」の限界

このように、さまざまな面でサービスやコンテンツを提供する側がアクセシビリティに配慮するようになってきたが、当事者の意見を聞かずに「設置しておけばいいだろう」という考えになってしまうことも少なくない。そのため、サービス提供側と当事者が接点を持ち、当事者が何を求めているのかを知ることで多くの人の感動にもつながるのではないかという議論があった。

一木氏が行ったゲーム大会では、ゲームをプレイするだけでなく、応援グッズの準備やルールを説明するなどの大会運営の多くを障害のある社員が担ったという。これは、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)により障害のある社員に対して「できることとできないこと」の決めつけや思い込みで成長や活躍のチャンスを奪っているのではないかという危惧により、社内でのすべての取り組みにおいて常に意識して注意し考えるようにしたそうだ。

ゲームを取り入れることによって重度の知的障害がある社員や、コミュニケーションが上手く取れない恥ずかしがり屋の社員、積極性があまり出せない社員などが活躍する機会や楽しんで取り組める雰囲気をつくることにより、体験を通じて達成感や自己肯定感が上がって説明力が向上し得意なことが増えたケースもある。実際、加藤氏が一木氏の会社を訪問したときも、当事者の社員からゲームの説明を受けて、その後に対戦したらボコボコに負けて当事者に対して尊敬の念を抱いたという経験があったそうだ。

HCRエンジョイアクティブゾーンの壇上に手前から一木氏、田中氏、加藤代表が座っていて、一木氏が話をしている様子。

ゲームとアクセシビリティ

ゲームのアクセシビリティについての話題では、『ぷよぷよ』や『鉄拳』では色覚多様性への配慮として色相を変更したり、コントラストを強調したりできるオプションが導入されるなど、ゲーム側でもアクセシビリティへの取り組みがどんどん広がっている。一木氏はこれにより新たな交流や気づきが生まれるのではないかと期待しているとのことだった。

続いて、オーディオゲームセンターで健常者がゲームを通してどのような経験をするかという点について、田中氏から「オーディオゲームセンターをやりたいとお声がけいただくのは、視覚障害のある人に会ったこともないという人たちが多いので、最初は誘導の仕方など、基本的なところから教える必要がある。しかし、ゲームセンターを開催する中で、スタッフの人たちがだんだん慣れていって、終わった頃には視覚障害者の困りごとに自然に気づき、目が見えない人がつまずかないように足元には荷物を置かないなどの行動が自然にできるようになっていく」という話があった。そのため、オーディオゲームセンターのような場を作っていくことがとても重要だと田中氏は感じている。

アクセシビリティは大きな経営課題になる

加藤氏から一木氏に「アクセシビリティはソーシャルグッドや社会貢献の文脈で捉えられることも多いけれども、もっと大きな意味があると思うが、どう思うか」と質問があった。一木氏は「CSRやSDGsなどもあるが、企業のこれからの一番の問題は未曾有の労働人口減少が進んでいくという問題。定年の再雇用が70才まで延長する企業も増えていくと社員の高齢化が進むので視力が下がったり難聴で耳が聞こえづらくなったり、手足や指先が不自由になってきたりして、働きづらさを抱える人が増えていく。また、人口そのものが減ることはお客様も減るということなので、世界に向けてサービスを広げていく傾向がより強まるだろうが、そのとき世界には障害のある人が13億人いる。このような方々に向けて、インクルーシブデザインの視点を持った製品開発やサービス提供を行うことは企業にとって、成長戦略の重要な要素のひとつだ」と回答していた。

加藤氏はこれを受けて「国際福祉機器展では、生成AIの活用といったテーマやブースが増えるなど毎年新しいことが行われている。また、400社の企業が未来を考えている姿勢が随所で見られる。それらは余分な活動ではなく、企業の生き残りや成長のために必要なものに結びついており、その構成要素のひとつがアクセシビリティであり、ダイバーシティであると思う」と述べていた。

田中氏からは「物理的に難しいことでもゲームの世界では実装しやすく、ゲーム業界はアクセシビリティが進んでいる方だと思っている。特に、メジャーなタイトルではその予算規模があれば実現できる事例が出始めている段階だ。しかし、まだ日本からはそうした事例が少なく、当事者の声をきちんと反映したものもまだまだ少ないと思う」というコメントがあった。

しかし、アクセシビリティがより進むためにはどうしたらいいだろうか。加藤氏から「企業を動かすには、当事者からの声が非常に大事だと思う。『ストリートファイター』シリーズのプロデューサー・中山貴之氏との対談でも、イギリスの視覚障害ゲーマーから「こういう配慮があれば自分も楽しめる」という手紙をもらい、それが開発に影響を与えたというお話があった。障害を持つゲーマーの声はとても大事で、当事者の声や要望がないと対応やコストをかけられないこともある」と当事者が自分の声を発信する必要性を述べて今回のトークショーは終了した。

関連記事:全盲のeスポーツプレイヤーたちが開発に協力。『ストリートファイター6』のアクセシビリティ向上はどう実現した?

くらげの考察

今回のトークイベントでは「逆方向のインクルージョン」という話が出てきた。障害者が社会で困るのは、障害そのものよりも「健常者に合わせた社会設計を逸脱してしまう」という点である。逆にいえば、障害者向けに設計された社会やゲームでは、いわゆる健常者の方が困るわけである。そのような取り組みを意図的に行っているのは大変おもしろいと思ったし、聴覚障害の分野でも何かできることがあるのではないかと思った。

また、一木氏のアンコンシャスバイアスの話に関しては、障害があると「できる業務」と「不得意な業務」を判別して「できる業務」のみを任せてしまう事があり挑戦の機会を奪っていることがある。過配慮とも言えるがそういう無意識の偏見をゲームを取り入れることで吹き飛ばすのは大変快感を持つ話であった。

いずれにせよ、「障害者」にどう向き合うのかを意識するためには「eスポーツ」が非常に強力なツールになり得ることがわかったし、ePARAのこれからの活動の重要性もますます増していくのだろうと思った次第である。

H.C.R. エンジョイアクティブゾーン Day1 ダイジェストムービー
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くらげ

山形県出身、東京都在住のサラリーマン兼物書き。
聴覚障害・発達障害(ADHD)・躁鬱病があり、同じく発達障害・精神障害・てんかんがある妻(あお)と自立して二人暮らし。
著書「ボクの彼女は発達障害―障害者カップルのドタバタ日記 (ヒューマンケアブックス)」「ボクの彼女は発達障害2 一緒に暮らして毎日ドタバタしてます! (ヒューマンケアブックス)」があるほか、様々なコラムや記事を執筆している。 現在、障害者専門クラウドソーシングサービス「サニーバンク」(https://sunnybank.jp/)のアドバイザーを務めている。 公式note(https://note.com/kura_tera)

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