イベントレポート

昔の夢に、今の自分で挑戦する。-アゴゲーマー・Jeniの2024年-【H.C.R.2024トークショーハイライト②】

2024年10月2日から4日にかけて、東京都・東京ビッグサイト東展示ホールで、H.C.R.2024(国際福祉機器展)が開催されました。H.C.R.とは、ハンドメイドの自助具から最先端技術を活用した介護ロボットまで、世界の福祉機器を一堂に集めたアジア最大規模の国際展示会です。今年のH.C.R.の会場では昨年に引き続き、年齢や障害などの垣根を超えて、誰もが楽しめる遊びを紹介・体験することができる「エンジョイアクティブゾーン」が設けられました。

「エンジョイアクティブゾーン」では、スポーツとまちづくりや、ゲームアクセシビリティ最前線、ワークショップなどのテーマを扱ったトークショーも開催され、3日間で計6セッションが実施されました。その中から、本稿では10月3日に開催された「昔の夢に、今の自分で挑戦する。ーアゴゲーマー・Jeniの2024年ー」の模様をライターのノイ村さんがお届けします。

昔の夢に、今の自分で挑戦する。ーアゴゲーマー・Jeniの2024年ー

[登壇者]
Jeni(株式会社ePARA イベントプロデューサー)
佐藤 明(株式会社サイコム マーケティング担当マネージャー)
齋藤悠太(合同会社SAMMY 映像作家)
ファシリテーター:加藤大貴(株式会社ePARA 代表取締役)

Jeni、佐藤明氏、齋藤悠太氏、加藤の顔写真
(左から)Jeni、佐藤明氏、齋藤悠太氏、加藤大貴

今回のセッションの主役であるJeniさんは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーという難病を抱えながらも、格闘ゲームをやりたいという強い想いで「顎で操作するコントローラー」を仲間とともに自作し、さまざまな格闘ゲームの大会に参加しているe-sportsプレイヤー。今年はクラウドファンディングを実施し、世界最大級の格闘ゲームの大会であるアメリカ・ラスベガスの「EVO 2024」に参加したことでも大きな話題となりました。さらに、昨年に引き続き、岩手県八幡平市にて、障害当事者の活動支援や八幡平市の地方創生を目的としたオフラインイベント「ハチエフ HACHIMANTAI 8 FIGHTS '24」(以下、「ハチエフ」)を開催するなど、ゲームを通してさまざまな可能性を広げる活動を続けています。

Jeniさんと一緒にスピーカーとして登壇したのは、ともに長年にわたってその活動を支えてきた、自社製PCパーツの販売などで知られる株式会社サイコムの佐藤さんと、ドキュメンタリー映像の撮影や制作を行い、各種イベントなどにも同伴している齋藤さん。ファシリテーターを務めた株式会社ePARAの代表取締役である加藤さんも加わり、Jeniさんの充実した2024年の活動を振り返りました。

壇上で話す佐藤さん、齋藤さん、Jeni、加藤
左から佐藤さん、齋藤さん、Jeniさん、加藤さん

出たいと思っても、大会に出ることすらできなかった。Jeniさんの夢を作った原体験

最初の話題となったのは、セッション名にもある「昔の夢」にもつながる、Jeniさんが格闘ゲームに夢中になった原体験について。小学2年生の頃から車椅子での生活を始めたJeniさんは、サッカーやドッジボールのようなスポーツに加わることが難しくなっていく一方で、友達と一緒に『大乱闘スマッシュブラザーズ』などの格闘ゲームを遊ぶことに夢中になり、地元のゲームショップで開催される大会にもよく参加していたそうです。ですが、高校生になって「ストリートファイター」シリーズに取り組んでいたJeniさんが直面したのは、大会に出ようと思っても、デバイスの関係で出場すること自体ができないというもどかしい現実でした。

Jeni「当時、格闘ゲーム大会の会場はゲームセンターが一般的で、僕のようにアーケードスティックを操作できない人は大会に参加することができませんでした。家ではコントローラーでたくさん練習していたし、オンラインで何度も対戦していたのに、ゲームセンターというコミュニティには入ることすらできなかった。だから、誰かと一緒にオフラインで対戦することに、ずっと強い憧れを抱いていました」

そんな想いを抱きながらも、症状の進行とともに通常のコントローラーを握ることも難しくなってしまったJeniさんは、やがて格闘ゲームから離れ、デザイナーとしての仕事に打ち込むようになります。しかし、パンデミックが訪れ、自宅を出ることができないという空白の時間の中で改めて自分のやりたいことを見つめ直した結果、「一番好きなことにもう一度挑戦したい」という想いが生まれ、再び格闘ゲームに挑戦することを決意。身体面や技術面など、周囲の人々からさまざまな協力を受けながら、今の身体でも動かすことができるコントローラーの制作に取り組みました。当時のエピソードの中でも特に印象的だったのが、制作の模様を取材していた齋藤さんが語る、制作側とJeniさんの双方のこだわりがぶつかりあう様子です。

齋藤「良い意味で、Jeniさんがすごくワガママだったんですよ(笑)。コントローラーを作っている人たちはミリ単位で調整していたのですが、それでも「もっとこうしてほしい」という要望が多かった。でも、そうすると作る側も「やってやる!」って火が付くんですよね。すごく良いムードの現場だったことを覚えています」

Jeni「あの時は大変申し訳なかったなと思っています。でも、やっぱりコントローラーを言い訳にしたくなかったんですよ。僕がe-sportsをやる上で大事にしているのが、自分の環境を全部しっかり整えた上で対戦するということ。自分の障害を言い訳にして負けるのが一番ダサいと思っているんです。そういう問題を解決した上で戦えるのがe-sportsの魅力だと思っているので、コントローラーを作る時にも、めちゃくちゃワガママを言ってしまいました」

『ストリートファイター6』のような格闘ゲームでは、画面の向こう側がどんな相手でも関係なく、お互いのスキルを全力でぶつけ合い、同じステージで対等に戦うことができる環境が用意されています。Jeniさんの言葉は、そんなバリアフリーe-sportsの魅力を表しているのではないでしょうか(もちろん、カジュアルに楽しめるタイトルもたくさんあります!)。また、齋藤さんの言葉には、佐藤さんも技術者目線で共感を寄せており、「アクセシビリティへの挑戦が、技術者のクラフトマンシップを刺激する」という可能性を示しているようにも感じられました。

「きっと今が一番、最も高いパフォーマンスを出すことができる」。Jeniさんがクラウドファンディングに挑戦した理由とは

遂に格闘ゲームに打ち込めるようになったJeniさんは、その後、株式会社ePARAに入社し、2023年のEVO JAPAN(EVOの日本大会)にも出場するなど、活動の幅をさらに広げていきます。そうした生活を続けていく中でJeniさんの中で大きくなっていったのが「昔の夢に、今の自分で挑戦したい」という想い。それこそが、EVOへの出場です。

Jeni「なぜアメリカ・ラスベガスの大会に出たいと思ったのかというと、自分の作ったコントローラーでオフラインで出られる大会がEVOしかなかったんです。実は他にもあるのかもしれないけど、少なくとも高校生当時の僕はそれ以外を知らなかった。自分がこうして昔よりもゲームしやすい環境を整えることができたのだから、もし行く手立てがあるのであれば、EVOに挑戦しない理由はないと思いました」

とはいえ、EVOはアメリカ・ラスベガスで開催される海外の大会。難病を抱えるJeniさんが渡航するためには、現地のケアの手配や車椅子に対応できる飛行機の使用など、通常よりも遥かに大きな負担がかかります。相談を受けた加藤さんも、会社としての支援は難しく、最初の返答は「翌年の参加を目指して頑張れないか」というものだったとのこと。しかし、Jeniさんは「どうしても今年行きたい」と一切譲らなかったそうです。

Jeni「僕は進行性の難病を抱えていて、どうしても生きていくにつれてパフォーマンスは落ちていく。きっと今が一番、これからの人生で最も高いパフォーマンスを出すことができるんですよ。なのに、もし1年後に挑戦することになったとしたら、果たしてその結果に納得できるのだろうかと悩んでいたんです」

そうした想いのもと、Jeniさんはクラウドファンディングの実施に踏み切りました。相談を受けていた加藤さんも、自身の経験から「50万、100万でも集めるのにものすごくカロリーがかかるのに、夢を叶えるために400万円も集めるのは本当に大変」と悩みながらも、実施を決めてからはプロジェクトを力強く推進していきました。その結果、多くの人々に共感を与えたクラウドファンディングは、目標金額を大きく上回る5,058,491円の支援を達成。その支援金をもとに、自身の夢であるEVOへの出場を遂に実現させたJeniさんは、『ストリートファイター6』部門に参加した全5,265人中257位という素晴らしい成績を残して、日本へと帰ってきました(これは余談ですが、EVOは格闘ゲームを遊ぶ人なら誰もが憧れる世界規模の大会であり、ちょっと大げさな書き方をすると、実際の母数は5,265人どころか、その十倍、百倍以上に及ぶといっても良いはずです。その中でこの順位というのは本当に凄い!)。

EVO2024でプレイするJeniと、対戦相手、大勢の観客
長年夢見たEVOの舞台で、「ワガママ」がたくさん詰まった顎コントローラーで対戦するJeniさん(手前)

遂に昔の夢を叶えたJeniさんは、今は自分自身がイベントを主催する立場となり、それまでの経験をもとに、障害の有無を超えて人々がつながることができるきっかけ作りを続けています。今年9月に実施された「ハチエフ」も、まさにその一つと言えるでしょう。同イベントには、昨年を上回る200人以上の参加者が集まり、障害の垣根を超えて、たくさんの人々がバリアフリーe-sportsを楽しみました。

Jeni「僕はe-sportsをする上で、環境さえ整えることができれば、障害の有無は絶対に関係ないと思っています。それを克服した上で、自分の中で課題を見つけて、一歩ずつ解決して、設定した目標を叶えるというサイクルを繰り返すことができるというのは、普段生きていく上でのリハビリにもなるのではないでしょうか。僕みたいな人でも工夫すればゲームができるし、そうすると好きなことが続けられたり、やりたいことが見つかったりする。そんな風に、遊びを起点にして、障害の有無を問わずに交流が生まれ、一人ひとりの中にある可能性や大切なものを見つけることができるような取り組みを、これからも続けられたらと思っています」

4人がゲームをプレイし、後ろから数人がその様子を見ている
多くの参加者でにぎわった「ハチエフ」

昨年の「ハチエフ」では、イベントに参加した車椅子を使うお子さんが、1年後に『ストリートファイター6』でマスターランク(プレイヤー人口のうち、上位約10%の最高レベル)に上がるほどに成長し、今年の格闘ゲームの大会に出場したという出来事もあったとのこと。昔の夢を叶えたJeniさんは、今は他の人に夢を与える立場として、さらなる挑戦を続けています。

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ノイ村

音楽・ゲームを中心に活動するライター。以前よりゲームのアクセシビリティに関心を抱き、執筆・取材などを実施している。活動歴 : リアルサウンドテック、『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)、東京都人権プラザ 企画展『人権カルチャーステーション』など。 note:https://note.com/neu_mura/

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