SDGs

マンチェスター大学ファイナンス講師が語る!ESG投資の視点で考えるePARAの価値

みなさん、はじめまして。大坪陽一といいます。普段はマンチェスター大学のビジネススクールでファイナンスの講師をやっています。金融市場のメカニズムや投資戦略などを学生たちとともに学んだり、研究したりしています。このたびはご縁あって、ePARAさんの活動の一部に参加させていただいています。私が今までに学んできたことが少しでもePARAさんとそれに関わる人々のためになれば、と思います。私もいろいろと学ばせていただきます。どうぞよろしくお願いします。

歴史あるマンチェスター大学の門

SDGsと共に語られるESG投資 -投資対象の判断基準-

今回はESG投資についてお話しさせていただきます。E・S・Gというアルファベット3文字を毎日のように目にするようになってからしばらく経ちました。データが集まり、研究が進み、グリーンウォッシングなどの問題点もニュースになり、その実態が明らかになってきました。ここでは、一歩引いて冷静にESG投資を考え直し、ESGブームが一巡した今、なぜePARAのような理念を持ったベンチャーの存在が重要であるかについて、字数の許す限りお話ししたいと思います。

SDGs (Sustainable Development Goals) 「持続可能な開発目標」とともに耳にすることが多くなったESG投資。これは何の呼称でしょうか。

EはEnvironment(環境)のE
SはSocial(社会)のS
GはGovernance(統治)のG

つまり、企業を投資対象として考慮する際に、1.環境に配慮しているか、2.社会的責任を果たしているか、3.そしてコーポ―レート・ガバナンス(企業統治)に注力しているかを判断材料として取り入れよう、ということです。このようなアイディアは実は新しいものではありません。同様な考えは以前から存在し、議論されてきました。

かつては企業の責任=株主の利益の最大化だった

1970年代から80年代にはCSRという言葉で大きく取り上げられました。CSRとはCorporate Social Responsibility (コーポ―レート・ソーシャル・リスポンシビリティ) の頭文字、企業の社会的責任という意味です。

当時、ノーベル経済学賞の受賞者でもある経済学者、ミルトン・フリードマンは、これに強く異議を唱えました。彼は、企業にとっての最大の責任は社会にとって何が良いかを考えることではなく、企業の持ち主である株主の利益を最大化することにある、と主張しました。

("A Friedman doctrine - The Social Responsibility Of Business Is to Increase Its Profits"  New York Times, September 13, 1970.
 「フリードマン・ドクトリン - ビジネスの社会的責任は利益を増やすこと」ニューヨーク・タイムズ、1970年9月13日

フリードマンのこの主張を議論するとき、彼が1970年という時代に生きたアメリカ人であることを考慮しなければならないでしょう。当時のアメリカにおける、社会主義・共産主義への強い警戒心が、多少極端にも思える、市場主義、自由主義の思想へと経済学者たちを動かしたことは想像に難くありません。当時の感覚では、「社会主義」という言葉は「自由」とほぼ正反対の意味をもっていたのではないでしょうか。私は1980年代の後半を西ドイツで過ごしました。物心ついたばかりの年齢でしたが、当時連日のように見聞きした、ベルリンの壁を命がけで東から西へ乗り越えてくる人々のニュースやストーリーは強く印象に残っています。命を落とす危険を冒してでも脱出したい、そんな国の政体である社会主義・共産主義はとんでもないものなのであろうと、幼いながらに自然と思いました。この強いインパクトはいまだに残っていて、市場の力を信じたい私の気持ちの根底に流れているように思います。

ステークホルダーの利益の最大化が、株主の利益につながる時代へ

先の考え方は、近年の「ステークホルダーの利益を最大化しよう」という流れとはかなり異なると感じるかもしれません。ステークホルダーには株主だけではなく、被雇用者や消費者が含まれます。さらには、その企業が製品、サービスを提供する地域社会・住民を含めることもできるでしょう。ステークホルダー中心主義は近年、その流れが加速しているように思います。アメリカの企業の集まりであるラウンドテーブルもこれを宣言しました。これは株主中心主義であったことを考えるととても画期的な出来事です。

ステークホルダーの利益を最大化する考え方が株主中心主義とまったく異なるかというと、実はそうとも限りません。広いステークホルダーの利益を考えることが、結果、株主の利益につながることもありえるからです。とすると、ESG投資は、実は別に特別なことではない、とも考えることができます。

環境、社会に優しいビジネス、コーポレート・ガバナンスに気を遣っている企業が提供するモノやサービスを買いたい、利用したい。逆に、そちらに疎い、優しくない企業のものなんて買わない、と人々の好み、意識が変わる。それに伴い、(民主主義がしっかりと機能すれば)法律やルールがESGを意識した企業を優遇するようになり、意識していない企業には厳しくなる。そして、ESG関連の情報を開示することが求められるでしょう。すると、より多くの、より正確な情報を低コストで入手できるようになり、企業のESGへの取り組みを、そのモノ・サービスを利用する人々が評価できます。投資家たちはそのような環境のもとでの企業の業績予想をすることになり、投資家自身も、自分の価値観、道徳観に反する行動をとる企業にはおカネを投じたくないと意識するようになります。消費者・投資家を含めた市場参加者、社会全体の価値観の変化、それがどんどん進んでいくことを予想し、信じることを共有します。

パラダイムシフトが始まった-トップダウンで提起されたSDGs-

『サピエンス全史』においてハラリは、我々サピエンスが他の姿を消していった人類(例えばネアンデルタール人)とは異にする特徴として、「フィクションを創り、それを集団で共有する点」をあげています。この能力をぜひ正しい方向へと使いたいものです。SDGs経営、ESGを意識した企業がこれからは成長するんだ、企業価値をあげるんだ、市場参加者がそう信じてくれることが大事です。世界中の人々を、投資家たちを信じさせることは非常に難しいです。とくに、いわゆる「経済合理性」や「株主至上主義」を信じてきたような人々で構成されるビジネスパーソン、投資家たちの意識を変えようというのは、大変難しいことです。イギリス人にサッカーからアメフトへ、クリケットから野球へと鞍替えさせるようなものです。天変地異でも起きない限り、法律で強制でもされない限り、そんなことは起きないように思えます。

しかし、その天変地異、パラダイムシフトが起きたのです。主に国連主導による強烈なトップダウン、そしてその裏にどのような思惑があるかはおいておいて、世界の大企業が、マルチステークホルダー主義だと宣言し、主要投資家グループがESGだ、PRI(責任投資原則)だと唱え、ビジネススクールの先生方がrethinking capitalism(資本主義の再考)を論じ始めたのです。国際社会が共有する問題を解決しようとするのですから、強力なリーダーシップ、ある程度のトップダウン型の取り組みは必要でしょう。その意味でもSDGsという目標を立て、国際社会が賛同し、協力して目標を達成しようという流れは歓迎すべきです。しかしながら、トップダウンには、中央主導であるがゆえにモニタリングが必要となり、官僚的になりがちである(書類審査、数値目標・達成項目の設定)という短所があります。成果を把握するための手段にすぎないはずの数値目標・項目達成自体が最終目的となってしまう。英語圏では、このような現象は書類の項目をティックする(チェックマークをつける)だけという意味の「ボックス・ティッキング・エクササイズ」という言葉で揶揄されます。ひどい場合、「グリーンウォッシング」と呼ばれる行為にもなりかねません。

ボトムアップでSDGsを体現するePARA

与えられたゴールにいかに自分たちの企業経営を調整、順応、適応させていこうかと四苦八苦している、トップダウンへのリアクションに過ぎない企業の取り組みとは対照的に、SDGsで掲げられているような理念をボトムアップで、ベンチャー企業による事業として体現しているのがePARAです。

持続可能な開発目標のロゴ
持続可能な開発目標(外務省 JAPAN SDGs Action Platformより)

ePARAは誰もが「自分らしく生きていける世界をつくる」ことを理念として掲げています。その実現のために「eスポーツをつうじて、障害者が自分らしく・やりがいをもって社会参加する支援」をすすめる、というのがePARAの事業内容です。大きく分けると5つの事業がありますが、そのなかでも「バリアフリーeスポーツイベントの企画・運営・支援」と「障害者の就労支援」が2本柱です。

足りない部分を補い合う、優しい社会へ

かつてロウルズという哲学者は、「無知のベール」という次のような思考実験を提案しました。自分がこれからこの世界に生まれ落ちる赤ちゃんであると想像してください。そして、どのようなルールで動く社会に生まれたいか考えてみてください。ただし、自分が一体、どのような環境に、どのような健康状態で生まれてくるかはわからない、ということが条件です。ロウルズはそのときに思い描くルール、社会の規律こそが、公正なもの、正義であると論じたのです。このアイディアは、その名も『A Theory of Justice』(正義論)という本において、より精緻に論じられています。私はこの無知のベールという考えが大好きです。大事なのは思いやりと想像力。この2つを持った人々が足りない部分を補い合う集団・組織を作る、そしてほどよい競争のもと組織内外で切磋琢磨しあい、果敢にチャレンジし、失敗しても立ち上がり、やりなおす、やりなおさせてあげる。

ePARAが提供するサービスはそのような優しい社会へと少しでも我々を近づけてくれるものだと思います。本物のESGへ。グリーンウォッシングやボックスティッキングとは無縁のボトムアップによる、ePARAのようなベンチャー企業の活躍が不可欠です。

マンチェスター大学ファイナンス講師・大坪陽一氏
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

大坪 陽一

英国マンチェスター大学ビジネススクール講師。専門はファイナンス。筑波大学にて国際政治経済学修士号、米国ラトガース大学にて経済学博士号を取得。ルクセンブルク大学、日本銀行金融研究所を経て現職。趣味はサッカー。応援しているチームはバイエルンミュンヘン。

-SDGs
-

© 2024 ePARA