はじめまして。難病eスポーツプレイヤーのタメ子と申します。
フルネームはタンパタメ子ですが、最近では苗字(?)は取っ払ってしまうことが多いです。この珍妙なリングネームは、ストリートファイターシリーズの「バイソン」というキャラクターの、ターンパンチという技名に由来しています。
今回は、私の病気の話や、私がメインで遊んでいる格闘ゲームの話を中心にお届けいたします。特に病気の話については、初めて公表する内容なので、自分自身ドキドキしています。「へぇ、こんな病気があるんだぁ!」と、少しでも皆さまに伝わりますと幸いです。
肺の希少難病「リンパ脈管筋腫症」
病気発覚の経緯
まずは「リンパ脈管筋腫症」という病気について、ご説明します。
ごくごく簡単に説明しますと、肺によく分からない細胞が現れて、増殖していく、という疾患です。この細胞は肺に嚢胞(のうほう)と呼ばれる穴を形成し、その結果として、呼吸する力が落ちていきます。自分は周囲に分かりやすく伝えるため、「肺がんのような、COPD(慢性閉塞性肺疾患)のような病気」と表現しています。
さて、私がこの病気の診断を受けたのは、2021年4月のことでした。
長女を出産後の2020年に、階段を上る際の息切れを覚えました。すぐに甲状腺機能亢進症を疑い、甲状腺内科を受診しましたが、異常はなく、産後の体力低下だろうと、自分の中で結論付けました。
しかし2021年、長女の風邪をもらった際に、再び異常を感じます。今までに体験したことのない、おかしな咳が出始めたのです。
それはまるで、内臓が口から飛び出そうなほどに、激しく苦しい咳でした。咳止めも、一切効きませんでした。明らかにおかしいと感じ、近所の内科を受診しました。レントゲンを撮影したところ、片方の肺が真っ白でした。さらにその場でCTも撮影し、どうやら肺の影の正体は、胸水であることが分かりました。
そこから県内の大学病院へ行き、どうやら難病ではないかということで、専門医のいる都内の病院へかかることとなりました。
病気発覚当時の自分自身
次に、県内の大学病院にて、「難病だと思います」という話を、医師から聞いた際の自分自身について、振り返ってみます。
実は私は、普段は薬剤師として薬局で勤務していまして、難病という単語に対して、かなりの耐性を持っていたと思います。難病と聞くと、確かにギョッとしてしまいますが、実は身近な病気なのです。
例えばパーキンソン病や潰瘍性大腸炎という病名は、皆さまも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。これらの疾患の患者さまはそこまで珍しくはないため、「自分自身が難病である」という事実は、すぐに受け止めることができました。
対して実母は、難病と聞くやいなや、かなり取り乱していました。
難病という言葉のインパクトの強さを痛感した出来事でした。
現在の治療と、病気の特性について
「リンパ脈管筋腫症」は、進行性の疾患です。
根本的な治療はなく、進行を遅らせてQOL(生活の質)を保つことが、治療のゴールとなります。
幸いにも専用の治療薬があり、そちらを毎日服用しています。分類としては、免疫抑制剤に該当するため、体内へ侵入してきたウィルスや細菌に対する抵抗力が、必然的に落ちてしまいます。そのため、副鼻腔炎や風邪にかかりやすくなってしまいました。また、メカニズムははっきりと分かっていないようですが、アトピー性皮膚炎や喘息も悪化する傾向にあるようです。
これらを予防するため、以下のようなことを心がけて生活しています。
・疲労により免疫力が落ちるため、仕事や予定を詰め込みすぎない。
・生活リズムを乱さない。睡眠時間をしっかり確保する。食事の内容に気を付ける。etc
・抗アレルギー剤を併用し、アレルギー疾患のコントロールもしていく。
病気そのものの特性としては、肺の拡散能力が健康な人の半分であるという点から、やはり息切れはしやすいです。階段は地獄ですし、平坦な道でも長時間歩くと息切れします。スポーツなんて、もっての外、そう思っていた時期が、私にもありました。
SNS上での公表について
ちょうど、診断を受けた直後のことです。難病であることはすぐに受け入れられましたが、反面で、死について考え込んでしまうことが多かったです。
私はいつ、どこで、どのように、死んでいくのだろう。
両親よりも長生きできるのだろうか。
長女が成人するまで生きることはできるのだろうか。
診断当初は治療が上手くいかず、余計に落ち込む日々が続きました。
そんなとき、1つのnote記事が目に留まりました。
https://note.com/jenixo/n/n5085c34e30fd
難病eスポーツプレイヤーの先駆者といっていいでしょう、「Jeni」さんの記事です。
「私もJeniさんに負けてられないな」と、勇気をもらいました。
そこで私もSNS上で難病を公表し、何か社会貢献活動ができないかと考え、ePARAにて活動を開始しました。
私と格闘ゲーム
きっかけはウメヌキ
さて、ようやくここから格闘ゲームの話に入ります。
私が格闘ゲームに興味を持ち始めたのは、社会人1年目のときです。同期に「スト2やろうや」と言われ、対戦し、全く勝てませんでした。今から思えば、ガチャプレイのため、勝てなくて当然です。
しかし、一丁前に悔しがり、気付いたら、YouTubeでストリートファイター2の動画を検索していました。そこで私が初めて見たのが、今やストリーマーとして超有名人の「オオヌキ」さんの春麗です。「え?気功拳ってしゃがんで撃てるの?」と衝撃を受けたことを、昨日のことのように思い出します。
そこから、芋づる式にストリートファイター2の動画を見漁り、ついにあの、伝説の動画に出会ってしまいます。
説明不要、現役プロゲーマーである「ウメハラ」さんのプレイ動画です。
誰がどう見ても絶望的な状況から、一瞬の隙をついての逆転劇です。正直ゲームの内容については、現在の知識を持ってしても、完全に理解はできません。ですが、ウメハラさんというプレイヤーの持つ魅力は、この動画1つで十分に伝わるかと思います。
そこから、俗に言うストリートファイター2の「動画勢」になります。
僕もボクサー
ストリートファイター2の「動画勢」となった私は、発売されてから何十年も経つタイトルにも関わらず、対戦会が盛んであることに気付きます。
ちょうど家の近所のゲームセンターの対戦会が、金曜日の夜であることを知り、そこに顔を出すところから、私のプレイヤーとしての人生が始まりました。当時、その対戦会には、女性プレイヤーの方も数名おり、「あなたもやってみたら?」と声をかけていただいたことが、本格的にプレイを始めたきっかけです。
最初のうちは女性キャラクターの「春麗」や、イケメンキャラクターの「バルログ」を使っていました。今から覚えば当たり前ですが、とにかく誰にも勝てなくて、ある日の対戦会を境に「もうストリートファイター2を自分でプレイするのは、やめよう」と決意しました。
その日の夜、主人より「だったらバイソンを使ってみたら?」と、アドバイスを受けました。「えー。私がこんなごっついおっさんを?」と、最初は難色を示しましたが、触ってみたらアラ不思議。これまでになかった、キャラクターを操作する面白さを感じました。
その日から私のメインキャラクターは、ボクサーキャラの「バイソン」になりました。
後述する「エド」は、バイソンの弟子にあたるキャラクターのため、ある意味では必然だったのかもしれません。

いざネット対戦の世界へ
私がストリートファイター2を始めた頃、周囲では「ついにスト2がネット対戦できる!」と、話題になっていました。ストリートファイターシリーズの全4タイトルがネット対戦できるという、「アニバーサリーコレクション」の発売が決まっていたのです。
運が良いことに、親切なスト2プレイヤーの方がPS4を譲ってくださり、私もネット対戦の世界へ飛び込むこととなりました。
「アニバーサリーコレクション」のついでに、当時の最新作である「ストリートファイター5」も購入しました。人口の多さやネット対戦の快適さから、いつしか私は、ストリートファイター5をメインに遊ぶようになりました。
メインキャラは、棒を持った「ファルケ」という女性キャラクターでした。
やがてストリートファイター5の続編である「ストリートファイター6」が発売され、引き続きで遊ぶようになりました。
ストリートファイター6でのメインキャラは、アウトボクサーキャラの「エド」です。エドを選んだ理由は、ファルケが中距離を得意とするキャラクターであったため、その経験を活かせると思ったからです。またエドとファルケは、ストーリー上では「ネオ・シャドルー」という組織の構成員であり、ルックスや技のエフェクトが少し似ていたりもします。
ちなみに、現在のところ、ファルケはストリートファイター6には実装されていません。私の健康寿命が尽きる前に実装されることを、心より祈っています。
格闘ゲームで味わった、悔しさと達成感
それぞれのフェーズにて苦労があり、必ずしも楽しかった記憶だけではありません。
特に覚えているのは、ストリートファイター5時代に、スーパーダイヤモンドというランクを目指していたときです。もうスーパーダイヤモンド目前というときに、苦手なキャラクターとの連戦がありました。
「こんなんじゃ、一生スパダイ上がれないよ!」と、わんわん泣いてしまいました。

ストリートファイター6でも、多くの人が区切りとしているであろう、マスターランクを目指している道中に、似たようなことがありました。マスター目前で焦って、普段のプレイができずに、逆転負けしてしまったのです。
自分のあまりの情けなさに、その際も声をあげて泣いてしまいました。
いずれも、号泣してすっきりしてから、目標達成に至り、本当に良かったなと思います。願わくば、目標達成時に嬉し泣きをしたかったのですが、どうしてなかなかうまくいかないものです。

私とボクシング
いきなり話が飛びますが、私は現在ボクシングにハマっています。
え?息切れしやすいんじゃないの?そんなのやって大丈夫なの?
うーん、多分!
主治医から普段の生活で制限されていることは、スキューバダイビングだけです。潜水という行為は、肺にとても負担がかかるのでしょう。ボクシングは、潜水しないから大丈夫です!きっと!
という訳で、主治医にボクシングをやっていると伝えたところ、「何でわざわざ、そんな激しい運動するの?」と呆れられました。ギリギリアウトだったようです。
そもそもボクシングを始めたきっかけは、これまた主人の一言からでした。
「ゲームの中の出来事を、現実世界でイメージしてみるといい」と。
「例えばお互い数メートル離れた、手足が届かない位置にいるのに、いたずらに技を振らないでしょ?」と。確かにそうです。と同時に、私には「どうせイメージするのなら、自分もバイソンやエドみたいなパンチを撃ってみたい!」という欲が、生まれてしまいました。
そこから、不定期ではありますが、ボクシングジムへ通うようになりました。
肺の難病を抱えながらも、滝のような汗を流しながら、ミット打ちやサンドバッグ打ちができたのです。
息切れは、するにはします。しかし練習を重ねる毎に、息の整うスピードが、徐々に速くなってきたように感じています。運動習慣自体は、健康増進にも繋がりますので、一石二鳥と言えるでしょう。
肺の機能が徐々に落ちていくのを黙って待つのも、私の性に合いません。ボクシングで呼吸法を学び、少しでも健康な肺を保ちたく思っています。
私とePARA
さて、ePARAのスローガンはご存知でしょうか?
挑戦の、連鎖(コンボ)を決めろ。
ゲーム好きの加藤代表らしい、素晴らしいスローガンです。
私もePARAで活動をし始めて、たくさんの仲間に出会えました。特にブラインド(全盲)の皆さんとの関わりが深く、ストリートファイター6で対戦して、普通に負けたりします。「本当は見えてるんでしょ?」とケチをつけたくなるぐらい、動きが晴眼者と遜色ないのです。
先日も、ブラインドのリーダーである「NAOYA」さん、そして先述したJeniさんと、お話する機会がありました。
NAOYAさんが、「僕たちはブラインドだから、難しいコンボ(ここでは格闘ゲームにおける、連続技のこと)が苦手なんだよ」と言いました。
するとJeniさんが、すかさず「そんなことないよ。あなたたちは手が動くでしょ。こっちは顎で操作してんだよ」と冗談まじりにピシャリ。
Jeniさんは難病「デュシェンヌ型筋ジストロフィー症」のため、手の筋肉が衰えている関係で、自作のコントローラーを顎で操作されているのです。実は私も同じ意見で、「晴眼者でも、難しいコンボは難しい。コンボはリズムも大事だから、ブラインドの皆さんでもできます」と回答しました。
多種多様なハンディキャップを持ったメンバーではありますが、1つのゲームを通じてこのような会話ができるのです。
これは、本当に素晴らしいことだと思います。
おわりに
最後にサブタイトルを回収し、この記事の締めといたします。
私は自分の人生において、1つ、大きな夢を叶えました。
薬剤師になるぞ、と決めたあの日から。浪人を経て、薬学部へ入学しました。薬学部での単位取得は大変でしたが、順調に進級しました。卒業論文に追われる傍ら、卒業試験も受かりました。国家試験も一発で受かりました。
1つの大きな夢に向かい、小さなプロセスを地道に重ね続けたこの経験。
この経験こそが、今、私がスト6をがんばることのできる原動力になっています。
これからも高みを目指して、夢を追い続けます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




