2020年10月17日、世界初のバリアフリーeスポーツ社会人チームチャンピオンシップ第1回ePARA CHAMPIONSHIP version:Aim Highの前半戦、チームFPS/TPS部門CALL OF DUTY: MOBILE(5 vs 5 チーム戦)が開催されました。(動画:第1回 ePARA CHAMPIONSHIP"前半戦"ハイライト)
今回は、昨日公開の聴覚障害者くらげのePARA CHAMPIONSHIP参戦記 ~マンモス狩りの追憶~の後編をお届けします。
聴覚障害とは情報格差の問題である
練習試合ではCALL OF DUTY: MOBILEはかなり聴覚に依存してしまうゲームだというのはわかった。協調性のなさからチームプレーを行う上でのストレスも非常に高かったため「棄権」も本気で考えた。しかしキャプテンのジジさんをはじめとするチームの皆様の献身的なサポートもあり、続けてみることにした。協議のうえで私は、各試合の第2ラウンド、SEARCH & DESTROYのみに出場することになり、SEARCH & DESTROYで使用されるマップTUNISIAのみを徹底して練習してした。
音声に関しては、試しにUDトークなどの音声を文字化する装置をつないでプレイしてみたが、
・声が発されてから文字になるまで早くても2~3秒はかかる。
・正確に文字になるわけでもないから、読んで内容を理解するまで早くても5秒かかかるし、理解できないことも多い。
・チームメンバーによって音声が認識しやすい人としにくい人が完全に分かれるため、ある人の発言はわかっても、別な人の発言がわからない。
などの困りごとが多発した。対策として、Aさんが話したことをBさんが復唱し、それをUDトークに読み込ませて、私が理解する、という流れができたのだけども、ここの流れを終わらすには10秒はかかる。ほんの一瞬のスキで倒されてしまう可能性が高いゲームで、この音声の差は致命的であった。
現代社会は「情報を制するものはすべてを制する」というような高度情報社会なのだけど、ホモ・サピエンスというものはネアンデルタール人よりもわずかに柔軟な咽頭を持つことで声という情報伝達手段を高度に成長させることに成功して生き延びてきた情報の生物だ。
一方で、聴覚障害の本質とは「聞こえないこと」よりも「リアルタイムに入ってくる情報の格差の問題」なのだけど、ホモ・サピエンスの社会においてはこの格差は圧倒的に不利を強いられるのだと思う。歴史上、有名な聴覚障害者が極めて少ないのも「聞こえる社会」において聴覚障害者はほぼ見捨てられた存在であったし、日本でも江戸時代に描かれた絵には、聴覚障害者が声を出せないからお椀をチンチンと叩きながら物乞いをしたというものが残っているくらいに劣悪な状態であることが多かったようだ。(同時代の視覚障害者は鍼灸あんまや金貸しを営むことで比較的裕福なものも多かったようだ)
三重苦で有名なヘレン・ケラーがいるけども、ある記者から「聴覚障害と視覚障害のどっちが苦しいか」と質問されたとき「視覚障害は私と物を隔てた、聴覚障害と私と人を隔てた」と述べたと言われるのだけど、これはよく分かる。人というのは、相手がこちらが言葉を発して、それを理解して返答するまで(少なくとも口頭では)10秒もかかったらイライラしてしまうしくらいにせっかちだし、下手したら死につながるスキができるほどの致命的な問題となるのだ。
パターン化で戦うという戦略
というわけで、聴覚障害の私が出場する場合は、「臨機応変」に状況に応じてチームプレーをすることはほぼ不可能という結論に至った。では、どうプレイするかを考えたとき、私は遊軍として適当に動いて相手の動揺を誘う、ということも考えたのだけど、一人で何人も倒せるほどの腕前ならともかく、FPS歴が3ヶ月に満たない私ではすぐにやられて終わりになるだろう。
そこで、「チーム全体で何パターンかの動きを決めて、私がそのパターンのどれかを選び他のメンバーはそれに応じて動く」というプレイ方法ではどうか、ということなった。この方法を考えたキャプテンのジジさんは非常にFPSに詳しく、CALL OF DUTY: MOBILEでもどのマップではどのような地点で動けば有利か、ということを熟知していた。ただ、細かい説明はやはり口頭では私が疲れてしまう。(練習中に何度も吐き気を感じて中断した)そこで、どう動くということを解説した画像を準備して情報共有し、ゲームが上手いプレイヤーの動きをトレースすることで何をすればいいか理解する、という練習を何回も行った。

この作戦はうまくハマり、実戦形式の練習ではかなりの確率で勝てるようになった。これは私も驚いたし、なにより、フォーメーションを組んで動く強さを体感することができた。私がAかBかのどちらの地点に向かうかを口頭で話し、あとは決められた動きを繰り返すだけだったけども、面白いように(特にソロプレイの敵がほどんどだった場合には)勝利することができたのだ。
ランチェスターの第一法則とマンモス刈り
戦争における戦闘力を考えるときに「ランチェスターの法則」というものが使われることがある。その第一法則では「戦闘力=武器効率(質)× 兵力数(量)」とされているのだけど、質が同じならチームとしてまとめて動ける人数が多ければ多いほど比例的に強くなる。だから、4人がチームで動き一人が遊軍として戦うよりも、5人がまとまって動くほうが強くなる。
しかし、私はこの手の「チームプレー」が大の苦手なので、一人でソロプレイで腕を上げることができるゲームばかりを好んでいたのだ。だけども、人間は一人で狩ることのできる動物はせいぜいタヌキ程度だ。極めれば素手でクマを倒せるかもしれないが、チームプレーがちゃんとできれば木の棒と石だけで「マンモスを狩る」ことができる。
私は、「マンモスを狩る」という極めてホモ・サピエンス的な行動とその喜びを初めて経験したかもしれない。ゲームはときに障害者が現実では経験できない「人間の本質的な行動」を経験させることもあるのではないだろうか。

ランチェスターの第一法則に基づく勝利と、第二法則による完敗
さて、ここまでが練習をしたことの話であるが、大会そのものについては別のチームメイトにお任せしたいと思う。4チームの総当たり戦であったが、そのうち私が参加したゲームのうち2回はなんとか勝利。ランチェスターの第一法則に基づくチームプレーが功を奏した結果となった。

一方、今回最強だった「Team-BASE」には完敗であった。端的に言ってしまえば、圧倒的な戦闘力の差であったのだ。
先程話したランチェスターの法則には第二法則があって、それは「戦闘力=武器効率(質)× 兵力数の二乗(量)」という式で表される。第一法則が適応されるのはチーム同士のぶつかり合いだけども、第二法則では「少数の敵に対して何人で攻撃するとどれほど有効か」ということを表している。(それゆえ強者の法則ともいわれるし、宮本武蔵は大勢と戦うときは敵がいっせいに襲いかかれないあぜ道を選んで1対1に持ち込むのを得意とした)
「Team-BASE」は複数人で一人を集中して各個撃破を狙っているように見えたし、それができるほどの連携力と個々人の能力が高かったのであろう。こういう戦い方は事前に練習したいくつかのパターンを選んで戦う、というやり方ではなかなか勝てない。ランチェスターの第一法則では線形増加だけども、第二法則は指数関数的に戦闘力に差が生まれるからだ。

また、一人でもやられると5人が生き残る前提で組み上げたパターンはもろく崩壊する。それをカバーするには、最低でも120パターンを練習する必要があると思うのだけど、それはかなり難しい。この差はやはり「リアルタイムにどれだけ情報を活用できるか」という問題になるので、私を含めたチームで到達するには現在の科学技術では難しい範囲になっていまう。(イーロン・マスクが出資して開発中の脳とコンピューターを直結する技術が実用化すればその差はうまるかもしれないが)
とはいえ、2回はチームとして勝つことができたので、この事自体は大変うれしかったし、最初から諦めて棄権しなくて本当に良かったと思う。チームの皆様にお礼申し上げる。
ただ、妻から「顔が青いけど大丈夫?」と心配されるくらいに集中しないとうまくいかなかったので、またやれるかというと辛いものがある。もう少し、なにか方法を考えて楽にできないか試行錯誤してみたい。まぁ、ホモ・サピエンスというのは、本当に言葉と情報の生物だと再確認した出来事であった。
なお、朝日新聞社が運営するゲームクロスでは、Team-ePARAのキャプテンを務めたジジさんがePARA CHAMPIONSHIPに関して執筆した記事が公開されている。私とは違った視点の記事なので、ぜひお読みいただきたい。
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